Vol.124 時代を飾るキーパーソン -ニュージーランドの調理師学校NSIA


間違えてAlbanyキャンパスへ行ってしまったので約束の時間に30分近くも遅れて現れた私たちを暖かく迎えてくれたTim Aspinall氏。会った瞬間から相手を包み込むような彼の人柄に居心地の良さを感じた。触れ合う相手とのプラスのエネルギー交換が大切な活動力になる、という彼に話を聞いた。

ニュージーランドの調理師学校NSIA【Profile】
Tim Aspinall ティム アスピノール 1954年1月7日生。
北島East Cape、Tokomaku Bay で幼少期を過ごす。男3人、女3人の6人兄弟の3番目。父は郵便局員、母は小学校の先生をしていた。中学生のとき家族でTe Kuitiに移り、Te Kuiti Collegeへ2年間通う。卒業直後、まだ15歳のときにNZ Armyに入隊。軍のキッチンで10年間過ごした。後、自分のレストラン経営をしたり、彫刻に専念したり、大工をしたり、と多種多様な仕事をするかたわらAUT、Northshore Academy, Chefスクールなどで教鞭を取る。6年前にNSIAの専任講師となり、2011年7月には校長に就任。多忙な毎日を精力的にこなしている。

NSIAは3キャンパス、6つのコースに約1000名の学生が学ぶ。NSIAは3キャンパス、6つのコースに約1000名の学生が学ぶ。ニュージーランドの調理師学校NSIA3人の孫が大好きなグランポップ。ニュージーランドの調理師学校NSIA趣味はガーデニング、ジェットスキー、釣り、と幅広い。ニュージーランドの調理師学校NSIA毎週末には家族15人ほどで集まってディナーを楽しむ。ニュージーランドの調理師学校NSIA料理を教えるようになって40年余り。料理を教えるようになって40年余り。

人はみんなスーパースター

私は母が家で料理をするのをみてもともと料理には興味がありました。だから迷うことなく料理の道へ、シェフ見習いとしてNZ Armyに入隊しました。そしてそこで底知れないその世界の奥深さを知り、ますます料理が好きになりました。だって、家庭ではある材料を4、5種類の方法でしか料理しなかったのが、プロのキッチンではもっともっともっと多くの方法を使う。たとえば豚肉。たったの豚肉ひとつを使って40種類も50種類も、異なった料理を作り出すことができる、そんな無限の可能性に魅かれました。当時は今と違って、Gordon Ramsayみたいなスターはいませんでし、メディアもこんなに発達していなかった。私たちはPellapratなどフランス料理の本を書いた人を師とあがめはしましたが、実際に彼がどんな人なのか知りませんし、ましてや会ったこともありません。料理人であることが今ほどポピュラーではありませんでしたから、私は自分と一緒に働いていた数人の先輩から技術を習い、影響を受けました。中でも、Kerry Atkinsという先輩はとても印象に残っています。18歳そこそこだった私は、彼のスタイルや態度が好きで、彼にとても素敵なガールフレンドがいたことや、カッコいい車に乗っていたことなどにあこがれて「いつか彼のようになりたい」と思ったものです。私の信念のひとつに「人はみんなスーパースターだ」というのがあります。TVやメディアで大活躍していなくても、人にはその人なりの輝きがある。だから私は、ごく普通の学生がそれぞれ持つ価値を引き出したい。ひとりひとりが自信を持ち、「よりよい自分になった」と感じられるように導きたい。私なりの方法で、普通の学生の世界を変えていく。それが私の講師としての使命であり、目標なのです。残念ながら、校長になってから学生と直接触れ合う時間は減りました。でも逆に、以前は自分が担当するクラスの学生だけしか知らなかったのが、今ではNSIAの学生全員と接するようになりました。私の言葉がNSIAの学生全員に届く。責任は重いですがとても光栄だと思います。

スマイルがサービス業の基本。

ニュージーランドはツーリズムが大きな役割を担っている国です。人はニュージーランドにホリデーに来る。ホリデーに来た人は外食することが多い。だからオークランドにはレストランやカフェが多くて、ホスピタリティー・スタッフの需要が大きいのです。そんな地元の外食業界と常に密接なコンタクトを取り、いい人材を育て、供給するのも私の大切な仕事のひとつだと思います。ニュージーランドのサービス業はユニークです。たとえばインドと比較して。私は最近、学校のマーケティングのためにインドに初めて行ったのですが、とても驚きました。人が多い、建物や車が密集している、空気は汚れている、スラム街が近代的なビルに隣接している、など。ニュージーランドとは全く違う、インドの雑多な有り様は、私が今までに経験したことが無いものでした。インドもホスピタリティやサービス業に従事している人が多いところです。ホテルの従業員や、レストランのウエイターなど、私が接した人たちは実にプロフェッショナルで、ミスのない完璧な仕事をしていました。でもそこで感じたのは、スマイルの欠如。私は「サービス業の基本はスマイル」だと思っていますから、インドの学生にもそれを教えたい、と思いました。私が教室でまず最初に教えることは、スマイルです。お客さんは何かのお祝いをしようとしてお金のかかるレストランに食事に来るのです。だから笑顔で迎えて、気持ちよく食事をしてもらえるように心がける。それは当然のことですよね。でもそれは一見簡単なことのように見えて、実際は意外と難しいことなんです。そこで、私は学生に「スマイル」をコースのDay1から叩き込みます。私なりのやり方で。そうですね、ある学生が講義に遅刻してきたとします。私はその学生に、「今ここで私のために一曲歌を歌ってくれたら出席簿に遅刻、と書かないよ」といいます。彼は「みんなの前で歌うのはイヤだ」、「でも遅刻が記録されるのはもっと困る」、というわけで、結局歌を歌うはめになる。それが時にとても美しい歌声だったりして、クラスのみんなが拍手喝采する。ほめられた彼はいい気になる。そんなことが自然とスマイルを誘う。また私の授業で何かを発表するときは、まずスマイルを要求します。スマイルがありさえすれば、どんなプロジェクトも発表内容がより良く見せられる。そうした毎日の積み重ねが、学生にプロの接客業スマイルを身につけさせていくのです。

近い将来を夢見て、常に実現へ向かって前進

ラッキーなことに、私は自分でも精力的、エネルギーいっぱいな人間だと自負しています。何かをしていないと気がすまない性質。私は自分が持つプラスのエネルギーを触れ合う周囲のスタッフや学生に与えて、その分だけ同時に彼らのエネルギーを新しく吸収する。人間同士の交換でハイレベルのエネルギーを維持するのです。また常にポジティブでいることが、これまで私のその時々の夢をひとつづつ実現させてきました。一人前のシェフになる、自分のレストランを経営する、料理コンテストで入賞する、マーガリン彫刻の第一人者になる、海辺の家を買う、校長になる、などなど。人生の節目節目で、自分の近い将来のことを具体的にイメージし、それに向かって前進してきました。目下の夢は、60歳になるまでに、自分の収入の何パーセントかをスターシップ(子供病院)やセントジョンズ(救急医療サービス)に定期的に寄付するようになりたい、ということ。近く実現させるよう努力中です。

カテゴリ:調理師/パティシエ
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