Vol.130 ロハスホームで少しでも社会に恩返しがしたいです


5年前長男を亡くし、物事に対する視点がガラリと変わったという裕美さんとサイモンさん夫妻。病院の人など周囲からずいぶん助けられたので、その果てしない悲しく辛い時期を乗り越えることができたという。自宅の敷地内に環境保護にこだわったゲストハウスを建てて始めたビジネスで、少しでも社会に恩返しがしたいと考えている。

Lohas  Home【Profile】
Yumi & Simon Drozdowski  裕美、サイモン ドロツドウスキ 


裕美 熊本出身。趣味は新しく始めたカメラ。2年間の産休を終え最近仕事に復帰したので、旅先での写真撮影が楽しみだという。


サイモン クライストチャーチ出身。祖父はポーランドからの移民。サーフィン、マウンテン バイクが趣味だが、あまりその時間が取れない。現在、Unitecで建築を勉強中。
2人ともニュージーランド航空のキャビンクルーをしながら、ゲストハウス ロハスホームを経営。7歳(エルカElkaちゃん)と1歳(セレスCeresちゃん)の女の子がいる仲のいいカップル。


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ワーホリの若者が家族を呼ぶとき、ロングステイや 親子留学のときにぜひ利用して欲しい。
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かんきつ類、フィジョア、などフルーツの木がいっぱいの庭。
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デボンポートは安全で住みやすいコミュニティー
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インターネットで来るお客さんがほとんど。リピーターも多い。
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憧れの英語での生活が現実に(裕美さん)

高校生の頃から海外留学に憧れていました。ミーハーな理由ですけど、映画の「スタンド バイ ミー」のリバー フェニックス が好きで、英語が話したい、と思いました。母に、どうせ行くのだったらしっかりとモノにしなさい、といわれ、ラジオ英会話を1年間毎日聞いて勉強、それからアメリカのサンフランシスコで1ヶ月ホームステイしました。高校を卒業して、全日空ホテルに勤め、海外留学のための資金を貯金し始めました。ホテルでは電話オペレーター、フロント業務などが私の仕事でした。外国からのお客さんと接することも多く、海外へ行く夢はふくらむばかりでした。5年間勤務して、貯金が250万ほどになったので、会社を辞め、オーストラリアでのワーホリ準備に取り掛かりました。ところが、その時、オーストラリアにはワーホリは年間3万8千人まで、という決まりがあり、ちょうど私がビザを申請したときにはその年はすでに定員いっぱいだったのです。ビザがもらえませんでした。実は、私はその前の年に短期間NZを旅行したときにサイモンに出会い、彼と手紙のやりとりをしていましたが、彼の強力な勧めもあり、それでニュージーランドにワーホリで来ることになりました。1995年のことです。JTBのクライストチャーチ支店で働きました。そして1年後、ビザが切れるので一旦は帰国、熊本に帰りましたが、その翌年に、当時サイモンが働いていたオークランドのホテル、パークロイヤルホテルが日本人のコーディネーターを募集したのに応募して、国際電話での就職面接試験を経て仕事とワークビザを得、再びニュージーランドへ来ました。そのホテルのほかにもDFSなどで働き、97年には永住権を取りました。その後、99年にニュージーランド航空へ入社。キャビンクルーになりました。その当時、ニュージーランド航空にはニュージーランド−福岡便があって、ただ単純にちょくちょく実家に帰れるんじゃないかな、と思ったのがキャビンクルーに応募したきっかけです。残念ながら、トレーニングを終えた私が乗務するようになったとき、会社は福岡便を廃止してしまっていたんですけどね。私は、サイモンとは23歳のときから一緒にいて、結婚したのは30歳のとき。そして2005年に長女のエルカが生まれました。


大学は考え方を学ぶところ(サイモンさん)

私は、クライストチャーチの普通の高校を出て、しばらくは何もしないで暮らしました。それから、海外へ出て5年間、いろいろな経験をしました。日本でも1年半ほど英語を教えていました。帰国してカンタベリー大学に入学したのは24歳のとき。心理学や、社会学や、文学や、いろんなことを学びました。でも、私が大学で得たものは、BAの称号と講義の知識内容だけではなく、「柔軟な考え方をする」ということだと思います。自分の世界が広がりました。そして私は大学に行く前にいろいろな経験をしたことが、その効果を進めたと確信しています。大学卒業後はいくつかの仕事を経て、99年にニュージーランド航空へ。ユミとは同期になりました。


エコ フレンドリーなゲストハウス

2007年。私たちの世の中に対する見方をまるで変えてしまう出来事が起きました。未熟児で生まれた長男、闘護(とうご Tohgo )が生後5ヶ月で亡くなったのです。それまでプランしていたことが一瞬にして消え、急にコントロールを失ってしまったようでした。でも、その悲惨な時期を乗り越えて来られたのには、周囲の人の暖かいサポートがあったからでした。助けられました。本当にありがたかったです。ちょうどその頃始めていたのが、この自宅の敷地内にホリデーハウスを建てようという計画だったんです。多少お金はかかっても、環境保護にこだわったエコハウスにしよう、そしてそのビジネスによって社会に少しでもお返しをしよう、と思いました。実際、ロハスホームで得た収益のうちの1部を、WWFとCanTeenに定期的に寄付しています。エコ建築家として著名なヨハン バーンハート氏の設計で、雨水を活用したり、ソーラーで自家発電したり、と家の隅々までエコプランが行き届いた家ができました。日本人のお客さんを想定してデザインしたので、シャワーとは別にジャクジーつきのお風呂も整えました。備え付けの備品ももちろんエコにこだわりました。ロハスホームという名は Lifestyle Of Health And Sustainabilityの頭文字をとったもの。エコ フレンドリーなゲストハウスにピッタリの名前だと思っています。日本人を想定して始めたビジネスでしたが、いざ始めたら、ドイツ、イギリスなどヨーロッパからのお客さんが多いです。アメリカや、オーストラリアからのお客、それにNZの地方の人も来ます。ロングステイの方が多いですから、自然とお客さんと私たちとの間に交友関係が生まれます。いい方ばっかりですよ。帰られた後もひんぱんに便りをやり取りするような間柄になります。そんな、いろいろな人との出会いも楽しいです。日本人のお客さんは、2008年に始めてから4年間で5組ありましたが、その中で、2ヶ月間長期滞在されたDIYが趣味という方には、いろいろとリノベーションの指導をしていただいたりしました。

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