Vol.138 家族で移住して4年。永住権が取れやっとNZ生活が始まった感じです


日本のIT業界10年の経験を生かし、ニュージーランドを基盤とする日本企業に就職して移住してきた南井氏。そこをステッピング・ストーンにして3年後には地元の企業に転職した。永住権も取れた現在、ニュージーランド社会にしっかり自分の位置を確立した。家族4人で日々、ニュージーランド生活を楽しむ彼に話を聞いた。

aic【Profile】
南井勇 Isamu Minamii Xtracta.com システム エンジニア
1974年8月6日生まれ。横浜出身。大学卒業後IT企業に勤務。10年後、妻、恵子さんと2人の息子の4人家族でオークランドに移住した。趣味は釣りと潮干狩り。遥人クンと紘人クンが所属するノースショアの日本人サッカーチーム、侍キウイズで、父親ボランティアコーチを務める。

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社長いわく"イサムはわが社のスターエンジニア"
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ニュージーランドでただひとつ気に入らないのはお風呂。完全防水のユニットバスが恋しいという。
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ただ一人社長のジョナサンがキウイという国際的な会社。スタッフはロシア人、スリランカ人、イラク人と日本人。

家族ぐるみの移住計画
何時からか、日本の状況、経済に先行き不安を感じていました。まだ震災の前でしたけれど、日本を脱出したいと思っていました。既に結婚して小さな子供も2人いましたから、家族ぐるみでの移住計画でした。英語ができないから日本でしか働けない、という自分の状況を変えたかったんです。幸い、妻も海外に目を向け柔軟性に富んでいるタイプなので、一緒に計画を進めることができました。英語環境の海外で移住して良さそうな国、というと5カ国ぐらいしか選択がないんです。オーストラリアは人種差別が激しい、と聞いたのでダメ、カナダは妻が寒いからイヤだと言い、結局、総合的にニュージーランドが一番良さそうだ、ということになりました。私はそれまでニュージーランドに来たことは無かったですけれども、趣味のフライフィッシングの雑誌やウェブなどでニュージーランドにはなんとなく馴染みがありました。それもこの国を選んだ理由のひとつです。自然が美しくて、のんびりしたイメージが私たちにピッタリでした。私は横浜の大学で貿易学と観光学を学び、卒業後IT関係の会社に就職しました。コンピューターに興味はありましたけれど、特にそれを学校で勉強したわけではありません。日本の企業は、新卒で入社してからその会社の業務に合ったトレーニングを受け、仕事を始めるというのが普通ですから、私は実際にエンジニアとして働きながら、ソフトウエア開発などのITの技術を身につけていきました。そこにいたときは、クライアントの企業に出向いてカスタムメードのシステムの開発、運営をしました。中でも日興証券のデータシステムが、私の主な業務でした。3年後、Yahooジャパンのウェブエンジニアとして転職。Yahoo には7年いました。 

まずは英語を勉強。
さて、海外で働きたいと考え始めたとき、自分は英語が全くできないんだということに気がつきました。そこで英語学校に通い始めました。ベルリッツで80回、60万円、というようなコースだったと思います。ワァ高い、と思われるかもしれませんが、会社が半額を負担してくれる、それから政府がそのまた半分を出してくれる、というようなことだったので、実際に私が払ったのは20万円ぐらいだったと思います。そのコースに入学したとき、TOEICが300点台だったのが、約1年後のコース終了時には600点台になっていました。でも、まだまだ英語はできなかったです。2008年の終わりごろ、ニュージーランドを拠点とした日本のIT会社がウェブエンジニアを募集していたのに応募。日本で面接を受けて採用が決まり、いよいよ念願の移住ということになりました。2009年の2月のことです。ワークビザは時間がかかるので、とりあえず観光ビザで入国しました。妻と4歳、1歳の子供が一緒でした。ニュージーランド生活は最初からイメージどおりだったので、私も家族も、比較的順調に適応していったと思います。会社の日本人の経営者が、西オークランドに住んでいたので、私たちも最初の1年は西に住んでいました。でも、ビーチの近くに住んでみたかったというのと子供の学校選びで気に入ったところがあったこともあり、2010年の3月にアジア系が多いノースに引っ越しました。 ニュージーランドに来てから、足りない英語力を伸ばすために、オンラインの英語コースを受講しました。ニュージーランドからフィリピンにいる先生にスカイプでコンタクトしてレッスンを受ける、というちょっとヘンな学校でしたが、毎回のレッスンはとても楽しく、全く勉強している、という感じのしない2年間、600レッスンでした。模擬ジョブインタビューなど、とても実践的な内容が役にたちました。現在は特に英語の勉強はしていませんが、テレビドラマを見たり、子供の宿題を手伝ったりしています。

地元企業に転職。
その日本の会社に勤めた3年の間は1年ごとにワークビザを更新しなければなりませんでしたから、常にどこか将来が気になるという状態で、完全にニュージーランドに落ち着いたという感じがしていませんでした。でも、その間にニュージーランドの環境に慣れ、英語力もアップ、地元の企業に転職する自信がついたのです。現在の会社には2012年の3月に入社しました。ここ、Xtractaでの私の仕事は、ウェブシステムのプログラマーです。クライアントの書類、主に印刷された請求書をスキャンしてデータをデジタル化し保存する。そのシステムの開発と運用を任されています。一日中スクリーンに向かっての静かな仕事なので、あまり英会話の必要はありませんが、それでも同僚やウェリントン支店の人間と話すとき、最初の数語を聞き逃さないよう気を使います。なぜなら、最初の2-3語でほぼ、どんな内容を話したいのかが分かるからです。去年の末に、やっと念願の永住権がおりました。それで、やっとニュージーランド生活が始まった、という感じがしています。子供も8歳と5歳になり、2人とも小学校に通うようになりました。妻に時間的な余裕ができたので働き始めました。 ニュージーランド生活の良いところは、どんなに仕事が忙しくてストレスがたまっていても、帰れば楽しいリラックスした家族生活が楽しめることです。家族全員で、Orewaなどの海岸に出かけて貝やえびやウニを採るのはとても楽しいです。そしてそれを賞味するのは格別。子供たちの日本語をキープするのが一番の課題ですが、今のところはこの国でゆったり楽しく暮らしていこうと思っています。

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