Vol.142 If it is not hard, it is not worth doing. (難しくなければやる価値がない)


9月に世界最古のスポーツ・トロフィーを競うヨットの国際大会アメリカズカップがアメリカ、サンフランシスコで開かれ、エミレーツ・チーム・ニュージーランドがカップ奪取の大手まで詰め寄ったが、カップを保持するアメリカのオラクル・チームUSAに土壇場で逆転され敗退した。多くのキウイが「もしサー・ピーターが生きていたら・・・」と無念に思ったに違いない。サー・ピーターとはエリザベス女王からサーの称号を与えられた世界的セイラー、ピーター・ブレイク卿のこと。そんなサー・ピーターのヨットマンとしての功績を讃え、その遺志を継ぐべく2004年に設立されたのがThe Sir Peter Blake Trustだ。アメリカズカップに関心が集まる今だからこそ、サー・ピーターが注目されている。プログラムディレクターのHannah Priorさんにその活動内容を語っていただいた。

americas cup【Profile】
Hannah Prior
The Sir Peter Blake Trust Programme Director
ホークスベイ地方のヘイスティングス生まれ。ハミルトンで高校時代を過ごし、ボートでは年齢別代表にも選ばれたことがある。オークランド大学で法律を専攻。商業弁護士として活躍していたが、心機一転して転職を決意。政府代表団の一員として日本に行ったこともある。「東京バナナ」が忘れられない。

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サー・ピーター・ブレイクとはどんな人?

このインタビューを受けるためにはまず、サー・ピーター・ブレイクがどんな人なのかを知っていただく必要があると思います。ヨットが身近にあるキウイでしたら知らない人はいないと思いますが、日本ですとヨット関係の一部の人にしか知られていないと思います。サー・ピーターは1948年10月1日オークランドのノースショア、ベイズウォーターで生まれ育ちました。ヨットマンとして知られるようになったのは80年代後半から90年代前半の世界一周のヨットレースWhitbread Round the World Raceで優勝したり、1994年に地球上の子午線を全て横切るJules Verne Trophyで世界最短時間を記録したりしたからです。しかしながら、彼の最大のハイライトは1995年にアメリカズカップで勝ったことでしょう。ヨットレースは参加各国の造船学、材料学、流体力学、航空力学、気象学などの最先端技術が投入され、参加国の経済力、技術力、情報力が試されるマネー&ハイテク競争なのですが、人口4百万人の小さな国が経済力と技術力の大国アメリカを相手に勝ってしまったものですから、ニュージーランドは大騒ぎになったのです。ピーターはその功績が認められ、エリザベス女王からサーの称号が贈られました。2000年にニュージーランドで初めて開かれたアメリカズカップでチーム・ニュージーランドはアメリカ以外の国で初めて防衛に成功し、サー・ピーターのリーダーシップに改めて多くの人が注目するようになりました。しかし、2001 年末、海の環境保護を訴える活動中にブラジルのアマゾンで海賊に襲われ、53歳で非業の死をとげたのです。オークランド・ドメインで執り行われたサー・ピーターの国葬には、当時の首相ヘレン・クラークをはじめ約3万人が参列しました。その後、サー・ピーターの銅像を建てようという意見もありましたが、彼が喜ぶのはそういったことよりも彼の遺志を継ぎ、リーダーシップ、環境保護、若者育成の点からニュージーランド人に役立つ取り組みをしようと、サー・ピーターの奥さんや多くの友達の発案によりThe Sir Peter Blake Trustが発足しました。政府から380万ドルの寄付を受け2004年6月25日に設立されました。サー・ピーターが亡くなった年、2001年のニュージーランドの人口380万人、ひとりあたり1ドルという意味で380万ドルなのです。


リーダーシップ、環境保護、若者育成

The Sir Peter Blake Trustの活動のテーマはリーダーシップ、環境保護、冒険を通しての若者育成の3つです。リーダーシップではこの国に多大なる貢献をしたニュージーランド人を毎年ひとり選び「The Blake Medal」を授与します。ビジネスマン、物理学者、教育者、薬学者、看護師、スポーツマンなどが選ばれています。さらに「Emerging Leader Awards」として25歳から40歳までのニュージーランド人で様々な分野でリーダーシップを発揮して活躍している6人を選びます。過去には教師、ビジネスマン、俳優、詩人、弁護士、スポーツマンなどが選ばれています。どちらも毎年二ヶ月間をかけてリーダーシップウィークと名付けた推薦期間を設けてニュージーランド中のビジネス、学校、組織から候補者をリストアップし、その中から選びます。受賞者が受け取るものはメダルや盾で、賞金はありません。サー・ピーターに連なる優れたリーダーシップを発揮しているというステイタスを得ることができるだけです。さらにサー・ピーターがアメリカズカップの勝利を願ってはいていたという赤いソックスにちなんだ「Red Socks Day」があります。今や赤いソックスはニュージーランドのシンボルのひとつとも言われています。学校や会社、コミュニティなどみんなでレッドソックスをはいてサー・ピーターのリーダーシップの素晴らしさを未来のニュージーランドに残すことが目的です。来年は7月4日の金曜日を予定しています。環境保護はサー・ピーターが生涯最も熱心に取り組んでいたテーマです。亡くなる直前まで取り組んでいた海洋調査プロジェクトBlakexpedtitionで世界中の海や川の破壊状況を調べ、水や海岸の汚染が植物や動物ひいては人間にまで影響を与えることを強く訴えてきました。この願いを実現するため、「Care for Our Coast」プロジェクトを実施しています。ニュージーランドの美しい海岸線を守るため、海岸の掃除と海洋環境を保護する教育をニュージーランド中の子供たちに施しています。若者育成では二つのプロジェクトがあります。ひとつは環境省と取り組んでいる「Youth EnviroLeaders' Forum」です。次の世代の環境リーダーを育成することが目的です。高校一年から三年までの50人を選び、環境問題を抱える国、地域、都市に赴いて5日間の合宿、勉強会を行います。去年はクライストチャーチで行われ、地震後のクライストチャーチをどう再建するかを話し合いました。もうひとつは「Antarctica Youth Ambassador」です。2007年から始まったプロジェクトで18歳から25歳までの二人を選んで南極に連れて行きます。そこで環境の変化を実感してもらい、この体験をニュージーランドに帰ってから他の人たちに伝えてもらうことが目的です。若いキウイにとって人生で一度しかないチャンスですので、多くの応募があります。この二つのプロジェクトにかかる諸経費はThe Sir Peter Blake Trustが負担します。


サー・ピーターの遺言

 サー・ピーターは突然この世から姿を消してしまいました。しかし、彼が残したいくつかの言葉には説得力があります。例えばIf it is not hard, it is not worth doing. (難しくなければやる価値がない) です。ニュージーランドではアメリカズカップには勝てないと長い間言われ続けていたのですが、勝てたのです。そのためには目標に向かって真剣に取り組むチームを作る必要性も説いています。だから今、サー・ピーター・ブレイクのリーダーシップが注目されているのです。The Sir Peter Blake Trustは信託組織です。政府から預かった寄付金を運用し、プロジェクトのために使います。この組織が発足した2004年に380万ドルの寄付金をもとにスポンサーシップ、一般からの寄付金や利子の歳入があり、プロジェクトの経費、6人いるスタッフの給料、その他諸経費の歳出をやりくりしています。この組織の財務状態は非常に良く、毎年基金が増えています。将来的にはこれらのプロジェクトを効率よく継続するためにヨットや不動産を購入することがあるかもしれません。一人でも多くのキウイがサー・ピーターの遺志を継いでニュージーランドの多くの人に還元できるようになることが、この仕事の本当のやりがいを感じられる時です。

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