Vol.146 オークランド大学 人文学部 文化語学言語学科 准教授


ニュージーランドで日本がどのように研究されているかを探る第二弾。マルソー博士は江戸・明治初期の日本文学の権威のひとりだが、今の研究テーマは江戸時代の妖怪絵本の正しい解説と考証という。日本語でも研究は十分行われていないというこの分野で来年には二冊目になる著書を発行予定。日本人でもあまり馴染みのないこのジャンルでより多くの大学生に関心を持ってもらうことはなかなか大変だが、確実に日本文化の浸透が図られていると言う。

ais【Profile】
Dr. Lawrence Marceau
文学博士 ローレンス・マルソー
オークランド大学人文学部 文化語学言語学科 准教授

1954年アメリカニューヨーク州、バッファロー生まれ。高校時代に日本に留学して以来、日本語・日本研究に没頭。コルゲート大学、京都大学大学院、ハーバード大学大学院を経て、アメリカ国内の大学に勤務。2005年よりオークランド大学で教鞭をとる。専門は近世(17〜19世紀)の日本文学と文化。奥さまは日本人。

オークランド大学
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日本文学への傾倒

私が日本とのつながりを感じたのは姉が日本に留学したときからです。自分も高校3年の時に地元のロータリークラブが実施する交換留学生に選ばれました。行き先はインドやドイツなどもあったのですが、第一候補として日本を選びました。派遣先は大分県別府市で滞在は一年間でした。別府にいる間は外国人を見る機会もなく、英語を教えたり、日本語を教えてもらったり、毎日温泉に浸かれて楽しい日を過ごしました。和英辞典をいつもポケットに携帯し、単語カードに毎日単語を書き込むなど、日本語にたいへん興味があったのです。ですから比較的早く日本語を覚えたのではないかと思います。アメリカに帰国して、ニューヨーク州のコルゲート大学に入学し、東アジア研究を専攻する中で日本を中心に勉強しました。コルゲート大学では留学中勉強した単位が卒業単位として認められたため、大学2年、3年とそれぞれ一学期間日本に留学しました。東アジアを中心に日本の外交政策をテーマに卒業論文を書きました。卒業後は外交官を目指し、政治の中心地であるワシントンDCへ行きました。ですが、国務省やシンクタンクに努めている人たちと接するうちにどうも私とは合わないと感じました。私の興味が文学や思想にあったからだと思います。ちょうど文部省(現在の文部科学省)が今のJET プログラムの前身にあたる、Monbusho English Fellowというプログラムを実施したので応募し、一年間福井県に派遣されました。"英語指導主事助手"という肩書きで福井県内の学校で英語の先生を助けるのが仕事でした。昨年、当時の主事に会ってきました。すでに81歳になっていましたが、よく来たと言って歓待してくれました。


近世の国学にのめり込む

その後も日本について研究したくてたまりませんでした。福井から京都に移り、関西の大学院に入りたかったのです。しかし、大学院に入るには日本語で論文を書かなければなりませんでした。京都大学から口頭試問と筆記試験でパスすれば聴講生として受け入れるとオファーをもらいました。パスして聴講生として2年を過ごす間に近世の文学と思想をテーマの論文を仕上げました。西洋化する前の近代の日本文学についての研究でした。日本で言う「近世」という時代区分は安土桃山時代から江戸時代を経て明治初期までの約300年間を指します。この頃の学問は国学(または"和学")、漢学、蘭学があり、論文のテーマに選んだのは江戸中期に興った、『古事記』・『万葉集』などの日本の古典を研究して、日本の固有思想・精神を究めようとする学問である国学でした。代表的な国学者に本居宣長がいます。彼は『古事記』を研究して解読に成功し、約35年を費やして『古事記』註釈の集大成である『古事記伝』を著しました。『古事記伝』は後の国学の源流になりました。これで大学院入学が許可されました。京大の大学院には二年半在籍しました。研究テーマは雅文小説です。江戸中期から明治にかけて、おもに国学者が古代言語に立ち返ることを目的として作った文字で書かれた小説です。おもに平安時代の文を模し、平仮名でつづったところに特徴があります。それまでは漢語で多くの文章を書いていたのですが、国学者は大和ことば、つまり日本古来の単語や表現を用いたのです。このテーマで修士論文を書いたのは28歳のときでした。その後はアメリカに戻り、ハーバード大学の大学院で博士号を取りました。研究テーマは江戸時代中期の俳人・小説家・国学者・画家である建部綾足(たけべあやたり)です。日本の歴史の教科書でも出て来ないマイナーな人物ですが、多くの著作を残しています。海外で英語で近世の日本文学を研究したことに誇りを持ちました。そして、バージニア州のウィリアム&メアリー大学に6年間、デラウエア大学に9年間在籍し、日本文学を教え、2004年にハワイ大学に客員准教授として赴任したあと、2005年にオークランド大学にやって来ました。


最新の著作

オークランドに到着した時は予想したよりも気候が涼しいと感じましたが、空気がさわやかで気に入りました。一年目は単身赴任でした。翌年に妻が仕事を済ませて移住してきました。ポジションは准教授でした。授業は学部では日本文学の講座2つを受け持っています。ひとつは「日本文学における悪役とヒーロー」。もうひとつは「江戸時代の芸者とサムライ」です。これらは2年生と3年生が一緒に受けられる講座なのですが、受講後に学年ごとに課題を出して勉強してもらいます。学生は7割が中国、韓国などの東アジア系、3割がヨーロピアンです。中には芸者に憧れたアジア系女性もいました。大学院では個人指導として、興味を持った日本文学について研究してもらいます。最近では韓国人学生が村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』、中国人学生が桐野夏生の『グロテスク』の研究をしています。今の私自身の研究は江戸時代後期の画家、浮世絵師で妖怪画を多く描いた鳥山石燕(とりやませきえん)による四つの妖怪画集のうちの最初の二冊『画図百鬼夜行』(がとひゃっきやぎょう)と『今昔画図続百鬼』(こんじゃくがとぞくひゃっき)の研究です。今まで十分に研究が行われていない分野です。来年にはこの二冊の解説を英語で著書として発表する予定です。すでに原稿は出版社に提出してあり、これが広く認められれば嬉しいです。

日本の珍本がニュージーランドに

昨年、オークランド市立図書館から古い日本の絵本の鑑定を頼まれました。近世の木版出版史も私の専門領域のひとつだからです。1800年代中頃の総督、ジョージ・グレイ卿が世界中から集めていた蔵書の一部でした。それらは48冊の明治前期の手刷りで制作された子供の絵本であることが分かりました。冒険や恋愛がストーリーの、特に凝っているものではありませんでしたが、挿絵があり、シンプルで、かわいげのある絵本でした。驚いたことに保存状態が非常にいいのです。当時の絵本は和紙に印刷されていました。和紙は酸性ではないので、茶色に変色したり、もろくなって破れたりすることはありません。グレイ卿がいつどこでこの絵本を手に入れたのか記録が残っていないのでよく分かりませんが、仕事柄オーストラリアや南アフリカなどへ渡る際、日本で手に入れたのかもしれませんし、当時世界中で開かれるようになった見本市などで手に入れたのかもしれません。特別に値の張るものではありませんが、日本でもこれだけのコレクションが揃っているのは珍しいです。

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