Vol.148 メディアコーディネーター、司会、レポーター


「オークランドで関西のエフエム局やテレビ局で活躍していたパーソナリティに会ってビックリした」と言ったのはある語学学校のカウンセラー。「関西近辺に住んでいた人ならかなりの数の人が知っている」とも。それがシーナ・ナダスワニ・ギブソンさん。日本生まれ、日本育ちで、日本語も完璧。日本人の立場から英語をどうマスターすればいいかも伝授してくれた。メディアで仕事をしていたときの経験を活かしてニュージーランドで生活して行きたいと語る。

シーナ・ダスワニ・ギブソン【Profile】
シーナ・ダスワニ・ギブソン
Sheena Daswani-Gibsosn
神戸生まれ、神戸育ち。神戸アメリカンスクール卒業。1990年、神戸のFM局Kiss FM開局時の第一声を放つ。現在はメディアコーディネーター、司会、レポーターをこなす。
連絡先はwww.sheena.co.nz

司会、レポーター
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ジーン長尾さんに憧れた

両親はインド出身で私は神戸で生まれ、育ちました。祖父が大阪の本町で繊維関連のビジネスを開業し、父がそれを引き継ぎ、家族はずっと神戸で生活していました。私は神戸のインターナショナル・スクールに通い、家ではインド語、学校では英語、友達とは日本語を話し、自然に三か国語を話すようになっていました。高校生の時、先輩の台湾人女性がラジオのパーソナリティのアシスタントをしていましたが、辞めるというので私にやらないかという話が廻って来ました。喜んで引き受けました。というのは、高校生の頃から今はニュージーランドに移住しているジーン長尾さん(イーキューブ創刊第二号の第2回 英語達人列伝でインタビュー。記事はイーキューブのウェブで)が大阪のFMラジオでパーソナリティをしていて、よく彼女の声を聴き、DJに憧れていたからです。実際にラジオに出演してみると、やりがいを感じ、性格的にあっていることが分かり、この世界で生きて行きたいと考えるようになりました。その後、ラジオと並行して関西テレビの番組「エンドレスナイト」の女性レポーター「エンギャル」を半年間、サンテレビのミュージック・ビデオ番組BTTを3年間とテレビの仕事にも恵まれました。

漢字が読めなかった

1990年に神戸でKiss FMという神戸初のFM局が開局することを知り、是非パーソナリティをやらせて欲しいと直訴しました。元々はお昼の情報番組を担当するはずだったのが急に朝一番のニュース色の濃い番組を担当してほしいと言われました。それも全国的にも有名なパーソナリティのジョン・カビラさんが東京のJ-Waveで担当している朝の情報番組の神戸版、と言う事だったのでびっくりしました! 元々は英語と日本語のバイリンガル男性DJを探していたのですが、私が担当させてもらうことになりました。「女性版ジョン・カビラ」として初めて自分の番組が持てたのです。番組名は「Good Morning Kobe」。朝7時から10時までライブで英語と日本語で進行しました。パーソナリティに決まったのは良かったのですが、実は私は漢字が読めませんでした。朝の情報番組なのでニュース色が強く、漢字が読めないことには務まりません。しかし、スタッフが2年間は我慢すると言ってくれ、その間はニュースをひらがなにしてもらって読んでいました。そんな私が初日に読んだ最初のニュースは「核不拡散条約・・・」というものでした。私は普段から読書好きで、英語で読んでいたのですが、それから二年間は日本語の読書を始めました。日本語の雑誌を中心に漫画まで色々目を通すようになり、やっと二年目からはなんとなく日経新聞を読めるようになり、独学で漢字をマスターして行きました。私は幸いにも日本人の友達がたくさんいたので、分からないことがあればいつでも気軽に質問することができたんです。それが日本語のリーディングを早く上達させたと思います。もうひとつ大変なことがありました。それは日本語のアクセントでした。つまり関西弁ではなく、標準語を喋る、と言う事です。ラジオではよく交通情報を流します。「日本道路交通情報センターの**さん」というフレーズをみなさん耳にしたことがあると思います。私がよく呼びかけたのは田中さんだったんです。標準語ですとtanakaさんと平坦な調子ですが、関西弁と英語を喋る私はtanAKAさんと、最後のAKAのアクセントを上げて発音してしまうのです。毎日田中さんを呼び出すのですが、これだけはなかなかうまく行きませんでした。関西弁や英語チックな日本語をしゃべらない」というのが番組のポシリーでしたので、苦労しました(笑)

英語の発音とアクセント
どうすればもっと英語をしゃべれるようになるのかを日本人の友達に質問されます。文法や単語、熟語はもちろん大切なのですが、私はよく「リズム」だと言います。英語に限らず全ての言語にはリズムがあります。音感がいい人は絶対に語学の上達が早いと思います。まずは英語のリズムをつかむのが大切だと思います。一番の近道は英語の曲を聴いてそのアーティストの発音の真似をすることですね。最近の曲は言葉数も多いので難しいですよね。昔の曲のほうがゆったりなので私はビートルズをよく推薦します。アメリカやイギリスのテレビドラマを見るのもいいですよね。ネーティブ・イングリッシュを毎日聴くことによりヒアリングやスピーキングがかなり上達すると思います。あと皆さんもご存知のように日本語の単語はすべて母音で終わりますが英単語は子音で終わるケースがほとんどです。Bookはブック(Bukku)ではありません。この最後にどうしてもついてしまう母音を意識して取り外すだけで発音がかなり違ってくると思います。"R" と "L"も日本人の皆さんにとって難しいですよね。舌を丸めるとかうち顎につけるとか色々言われていますがよく考えると唇の形のような気がします。Rで始まる単語の時は唇は"ウ"の形にして口を丸めると上手に発音できます。Lの時は唇の形が"イイ"でLを発音してみてください。最初は変な感じかもしれませんが試してみてください。最後にJust Speak! 

心機一転
大変な状況から始まった私の「Good Morning Kobe」でしたが、8年間のロングラン番組となりました。時々お休みをいただきましたが月曜日から金曜日まで毎日朝7時から10時までの生放送。自分が持っているもの全てを出し切った感じがしました。英語で言うと少々Burn Out気味でした。その後、ラジオから少し離れる決心をし、元々興味のあった裏の仕事をしたくなり、テレビ番組の制作に関わる仕事をゲットしました。日本語ができる外国人が出演するバラエティ番組のプロデュースをすることになったのですが、結局自分も出演することになってしまいました。でもやはりラジオの魅力は強すぎて、日本を出る2006年まで大阪のFM局でパーソナリティになりました。その後、結婚してキウイの夫に連れられてニュージーランドに住むことになったわけです。今振り返ると95年の阪神・淡路大震災の時はDJになって本当に良かった、と思いました。ちょうど番組が始まって4年目で仕事も充実していました。震災時は私を含めKissのDJ達は家にも帰れず、ラジオ局に寝泊まりして、24時間態勢で情報を流し続けました。余震もたくさんありましたし、どこで何が起こっている、何が必要で、何が使えて、何が使えないかなど、生き延びるのに必要な情報を英語と日本語で伝えました。特に神戸に住んでいた外国人には唯一の英語の情報源だったんです。この時ほど、英語と日本語がしゃべれて良かったと思ったことはありません。ホームタウンの神戸は壊れてしまいましたが、その後の復興をこの目で確認し、少しでも立ち直りに役立て本当に光栄でした。

仕事の経験をニュージーランドで
今後はやりたいことが3つあります。1:日本企業やコミュニティイベント、個人のパーティなどで司会をやりたいです。得にお披露目や記念日、イベントなどハッピーな場を盛り上げて行きたいです。 2:メディアコーディネーター。日本のテレビ、ラジオ、雑誌などの取材のお手伝いと通訳です。3:レポーター。日本のメディアがニュージーランドの事件や出来事を伝える時に必要な取材者&レポーターです。これらの仕事は体力と精神力を使いますが、日本での仕事の経験をそのまま活かすことができれば幸せです。日本ではまだあまり伝えられていないニュージーランドを発信していければと思っています。

カテゴリ:メディア系
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