Vol. 174 特集

小柳貴人 - Brew Bar Manager兼Coffee Trainer

職人気質の自分が、打ち込めるものに出会え、それがニュージーランドにあったことの幸せ。


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オークランドではコーヒーのテイクアウェイカップを持って歩く人をよく見かけます。しかしニュージーランドも少し前まではイギリス文化の流れを受けて、コーヒーよりも紅茶が好まれていました。カフェでコーヒーを注文すると、インスタントコーヒーが出されることもあったとか。しかし21世紀に入った頃からニュージーランドのコーヒー文化は急成長を遂げ、バリスタ(*1)を目指し、ニュージーランドへ留学をする人もあるほどです。小柳貴人さんもそのひとり。「コーヒーが好き」から始まり、現在はヘッドバリスタ兼マネージャー、コーヒートレーナーとして活躍する一方、コーヒーに関連する数々の大会に出場、その名を残している小柳さんに、ニュージーランドでの足跡を伺いました。

小柳貴人
こやなぎたかひと●バリスタ

1981年生まれ。大学卒業後、ゲーム業界の技術開発を行う会社でマーケティング担当として6年間勤務。
2012年5月にワーキングホリデービザでニュージーランドへ渡航、12月からカフェでバリスタとして働き始め、翌年8月からオークランドHigh StにあるGrind on Highでヘッドバリスタ兼マネージャーに。
2016年1月からtoasted espresso HQに併設するロースタリーカフェでBrew Bar Manager兼Coffee Trainerとして勤務。同3月、New Zealand Cup Tasters Champi-onshipで優勝、同4月上海で行われたWorld Cup Tasters Championshipにニュージーランド代表として参加、37人中9位の成績。自身の好きなコーヒーは
「エチオピアとエルサルバドルの豆で、ハリオのV60やカリタウェーブといった器具でドリップしたもの。」

toasted espresso
http://toasted.co.nz

ロースタリーカフェ:
4 Link Drive, Wairau Park, Auckland
09-966-6485
Monday-Friday 6:30am-3pm, Saturday&Sunday Closed

コーヒーとの出会い

 20歳くらいからなんとなくコーヒーを飲むようになりました。当時はコーヒーの味についてなにも知りませんでしたから、インスタントやチェーン店のコーヒーの味を「これがコーヒーなんだ」と思って飲んでいました。大学時代に、家庭教師をしていた先のおじいさんが喫茶店をしていて、彼からドリップコーヒーのたて方を教わったのがきっかけで、コーヒーに興味がわきました。それからは自宅でコーヒーをドリップしたり、小さなエスプレッソマシンを買ってみたり、少しずつコーヒーを淹れることの楽しさを知っていきました。

 大学を卒業して、ゲーム業界の会社でマーケティングの仕事をしていた小柳さん。30歳を前にして、「これを一生の仕事にするのか」と疑問を持ち始め、改めて自分の興味のあること、向いていることを考えるようになったそうです。

バリスタを目指す

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 興味のあることはコーヒーでしたし、対面でコミュニケーションができる仕事が向いていると思っていたので、"バリスタ"という職業が浮かびました。しかし日本ではドリップコーヒーが主流で、エスプレッソの文化はまだそれほど盛んではなく、ならば、エスプレッソの文化が根付いているところへ行ってみようと思いました。英語圏がよかったのと、ニュージーランドにはカフェがたくさんあり、カフェ文化が盛んであるという話を聞いて、ニュージーランドにワーキングホリデーで来ました。2012年5月のことです。

ニュージーランドでのバリスタへの道

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 日本で英語とバリスタを一緒に学べる学校を探し、手配を済ませてからニュージーランドに来ました。最初の2 週間は語学のみ、後半の2週間が語学とバリスタを学ぶカリキュラムです。このバリスタコースは、業務用エスプレッソマシンの操作方法、豆の種類や産地など、コーヒーに関する基本的なことが授業内容の中心で、正直言って自分が期待していたスキルアップは望めませんでした。そのため、卒業後に家庭用のエスプレッソマシンを買って、フラット先でひたすらコーヒーを作る練習をし始めました。教えてくれる人もいなかったので、インターネット上の動画を参考にしながら、独学でひたすらコーヒーを作っていました。やっとフラットホワイトらしきコーヒーができるようになるまでに3ヶ月以上かかったかと思います。その頃からいろんなカフェにCV(Curriculum Vitae、履歴書)を送り始めました。たった10分のトライアルを受けるために、2時間運転してハミルトンまで行ったこともあります。でもこれまでホスピタリティ業界での経験が全くなかったため、どこからもいい返事をもらえず、いま考えてもあの時は大変でした。独学を続け、そのうちに段々とラテアートができるようになり、とりあえずうまくいったものができると写真に撮っておいて、それをCVに張って応募するようにしました。こうしたプレゼンテーションのようなCVはなかなか受けがよく、結果、あるカフェからオファーをいただきました。

 こうして、小柳さんのプロのバリスタとしてのキャリアがスタートします。最初のカフェでワークビザを取得、8ヶ月間ここで仕事をしている間に、お客さんと直接やりとりすることの楽しさを知ります。ラテアートをさらに練習するようになったのも「お客さんが喜んでくれるのが嬉しくて」。この頃からラテアートの大会にも出るようになりました。

技を盗む...バリスタは職人

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 最初のカフェでも、先輩バリスタのような人はいませんでしたので、とにかくどうやったら上手に作れるか、試行錯誤の毎日でした。美味しいカフェの情報を聞くとそこに行って、バリスタの技を横から見たりしていました。バリスタの人に聞いても、嫌がらずに教えてくれたので、これも勉強になりました。見て学んでやってみて自分のものにする...職人ですね。

 この頃からラテアートの大会に出始めました。2013年4月のNew Zealand Latte Art Championshipが初めての大会です。大会に出たのは、勝とうという思いよりも、まずは大会そのものを経験してみたかったこと、いろんなすごい人がいるだろうから、その人たちから技を盗んでやろうという気持ちからです、やはり職人ですかね。結果は20人中13位でしたが、いい勉強になりましたし、知り合いもたくさんでき、人脈も広がりました。大会で恥をかきたくないという気持ちが働いて、イヤでも練習すると、結果短期間で技術を磨くことができたと思います。色々とラテアートの大会に出るなか、オークランドの大会で何度か優勝することもできました。ラテアートはミルクスチームの加減が重要なのですが、実はこのミルクスチームも独学で、理論や基本のやり方から入ったわけではないので、後になって友人から見せられた本と自分のやり方がまったく違うのに驚きました。むしろ、本では'ダメな例'として紹介されていました。でも自分なりに理論を考え、試行錯誤して見つけ出した方法なので、今もそのまま自己流を通しています。

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 現在の勤務先、toasted espressoとの最初のつながりは、仕事先が見つからず行き詰まりの状態だった時期にまで遡ります。当時なんかしらコーヒーに関連するイベントに行ってみようと、"ドリップコーヒーの味はお湯の温度でどのように変化するか"についてのワークショップに参加しました。英語で語られる内容は「さっぱりわからなかった」そうですが、その時の講師が、toasted espressoで働くサイモンさん。「すごくコーヒーに情熱を持っている奴がいる」...小柳さんについてそんな印象を持ったサイモンさんはtoasted espressoのオーナーのひとり、マリカさんに彼の話をしました。最初のカフェから次のカフェに移るきっかけを作ってくれたのは、このマリカさんです。

キャリアを積んでいく過程で 

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 次のカフェはシティのど真ん中。とはいえ、とてもこじんまりしたカフェだったので、たくさんのお客さんと接する機会が増えました。会話をしながらコーヒーを淹れる。改めて自分に向いているなと感じ、楽しみながら接客をし、バリスタとしての経験を積んでいきました。おいしいコーヒーの提供はもちろんですが、お客さんへの態度やサービス、コミュニケーションがしっかりできていなければ、いいバリスタとはいえないと強く感じました。大会にも出続けました。自分が有名になれば、さらにお客さんが増えるだろうと思ったのと、自分のことを採用しなかったカフェに対する「どうだ!」の気持ちからです。生来の負けず嫌いでして。2014年のNew Zealand Latte Art Championshipでは国内で3位となり、その頃からお客さんが増えてくるようになりました。勤め始めの当初は1日130杯くらいだったのが、約2年後には220杯にまでなったのですが、これは自信につながりましたね。

 2016年1月、toasted espresso HQに併設するマリカさんのロースタリーカフェがオープンすると、そこでBrew Bar Manager兼Coffee Trainerとして勤務することになります。もちろんマリカさんの強い希望です。大きな焙煎機がそばにある新天地で、彼のコーヒーに関する知識欲はさらに増していきます。そのきっかけになったのが、2016年3月のNew Zealand Cup Tasters Championship (*2)への初挑戦でした。

日々の積み重ねが力に

 ラテアートとカップテイスターズは実は全く逆を行っているものなんですね。大会だけに関して言えば、ラテアートは味は関係ない、見た目がよければいいんです。一方カップテイスターズは味です。これまで熱心にやってきた世界とは全く違うことに挑戦したことになります。予選では8問中5問しかあたらず、ギリギリで決勝に進んだのですが、4人の決勝では8問中7問正解で優勝しました。カップテイスターズは経験豊富な人の方が有利です。そんな中で優勝できたのは、ニュージーランドに来て、スペシャルティコーヒーと呼ばれる高い品質のジャンルのコーヒーに出会って、毎週のようにいろいろなコーヒー豆を買って飲んでいた、その経験が積み重なって、自分の舌の感覚が磨かれていったからだと思うんです。

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 この大会で優勝したことで、ニュージーランド代表として、3月末の上海でのWorld Cup Tasters Championshipに出場します。結果は、わずか7秒のタイム差により準決勝へは行けず、9位に終わりました。しかしカップテイスターズチャンピオンシップへの出場は、小柳さんにコーヒーについてのさらなる知識欲をかりたてることになります。

さらに深まるコーヒーへの関わり方

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 これまでやってきたラテアートの見た目の美しさは、いわばプレゼンテーション、料理の盛り付けと同じで、味には大きな影響は与えません。コーヒーそのものの味が良くなければ、いくらミルクを上手にスチームしてもうまく注いでも、おいしいコーヒーにはなりません。テイスティングの大会に出たことで、もう少しコーヒーそのものの"味"について深いアプローチをしたいと感じるようになりました。バリスタは、コーヒーの生産から1杯のコーヒーになるまでの一連の流れのなかで、一番下流に位置しています。そこからさかのぼって、豆や焙煎に関する知識を身につけたい、そう思っています。生豆の産地、焙煎の仕方、エイジング(焙煎から何日寝かせたか)によってどのように味が変化するのか...など。今回の経験で、コーヒーに対する関わり方、興味が少し深いところにいったのかなと思います。

これからコーヒーとどう向き合うか

 バリスタは、お客さんにコーヒーを通じて、喜んでもらったり感動を与える仕事だと思っています。コーヒーをおいしく作る、それぞれのお客さんに合ったコーヒーを、例えば温度だったりコーヒーの量だったり砂糖だったり...を作ることはもちろんですが、コーヒーについての知識をわかりやすく伝えることで、もっとコーヒーを好きになってもらう、それもコーヒーのプロフェッショナルとして大切な役割だと思っています。

 いつになるかわかりませんが、自分でコーヒーを焙煎し、バリスタとして提供し、コーヒーについての知識をお客さんにわかりやすく説明して、その面白さを分かち合えるようなカフェをオープンできたらいいなと思っています。

 それが「遠い将来」と言う小柳さん。実現するときまでにまだまだたくさんの経験をし、その全てが彼の力となることでしょう。バリスタ未経験からニュージーランド代表になるまでコーヒーに集中した小柳さん。最後に"ひとつのことをやり続ける"上で大事なことは何か、お伺いしました。

情熱を持っている人には温かい国、ニュージーランド

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 周りからは「いつも頑張ってるね」「努力しているね」と言われることがありますが、自分としてはそこまで努力しているという意識はないんです。"好き"であることがまず大事。好きなことだからもっと知りたい、もっと上手になりたい、もっとお客さんに喜んでもらいたいという気持ちが出てきて、結果として続けていくことになるんじゃないですかね。

 この国は何かをやりたいという気持ちを持っている人には、とても温かい国だと思います。情熱を持って本気でやっていると、それを手助けしてくれる人が必ず出てきます。それがこの国ニュージーランドで強く感じたことです。でもいざ僕が手助けをする側に立ってみると、本気度をあまり感じられなかったり、しがみついてくる人がなかなかいない感じもします。まずはなにか夢中になれることが見つかって、それがニュージーランドにあれば幸せですね。もともと自分の場合は、ニュージーランドにこだわりがあったわけではなく、自分のやりたい"コーヒーに関すること"がありそうだったからニュージーランドに来たのですが、結果としてとてもよかった。今はこのままここに住みたいと思っています。

*1 バリスタ:もともとはイタリアのバール(喫茶店)でコーヒーを淹れる人のこと。今ではエスプレッソを抽出する職人をさす。
*2 カップテイスターズチャンピオンシップ:コーヒーをテイスティングして、味や香り、特性を判別する技術を競う大会。競技者ごと8つの問題が出題。問題ごとに3つのカップが置かれ、ひとつだけ違う産地のコーヒーが入っており、競技者たちは限られた時間の中でそれを見分ける。テーブル上の正解エリアにカップを置き、その底にマーク(印)が付いていれば正解。一度エリアに入れたカップは変更することができない。競技終了後、選手自ら1問ずつカップをあげて正解・不正解を判定する。

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