Vol. 182 キャリアアップ

AIRSPRESSOヘッドバリスタ 神保悦子さん

ちゃんと自分の人生を味わえている今、「幸せだな」って思います。支えてくれる周りの人たちに心から感謝しています。


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神保悦子(じんぼ えつこ)さん
 群馬県出身。記者として約5年半勤めた群馬県内の新聞社を退社後、オーストラリアでのワーキングホリデーを経て2015年3月にワーキングホリデービザでニュージーランドへ。2016年4月にオークランドのNtec(現Aspire2 International Hobson Street Campus)のバリスタコースで学び、NZQA認定のバリスタ資格を取得。クイーンズタウン空港内のカフェAIRSPRESSOでヘッドバリスタとして勤務中。

career02.jpg新聞記者を辞めワーキングホリデーへ


 日本では大学を卒業してから地元の情報誌の広告営業の仕事に就いて、その後同じく群馬県の地元紙の記者として働きました。忙しい毎日の中で、ある時ふと自分の人生について考えたんです。当時付き合っていた彼もいたんですが、このまま何年後かに結婚して、子どもを産んで育てて、自分がだんだん年老いて人生が終わっていくー。そう想像できた瞬間、「こわい」って感じたんです。自分が本当にやりたいことをやらずに年を重ねて、後で後悔するのは絶対に嫌だと思いました。
 10歳から英語の勉強を始め、語学系の大学に進み、留学にも行かせてもらいました。英語はずっと私にとって特別な存在でした。学生時代に留学したオーストラリアにもう一度行きたいと思い、ワーキングホリデービザが取得できる年齢制限も迫っていたので、「やるんだったら今しかない」と、退職の届けを出しました。
 会社を辞めること、日本を離れることは、それまで築いてきたものを手放すことなので、かなり勇気がいりました。でも、いざ海外に来て出会った日本人はみんな何かしら日本にあるものを手放して来た人たちでした。何かを手放したからこそ、今の経験ができている。「スタートラインに立っただけ。ここからなんだ」って思いました。

 

 

textbooks.jpgオークランドでバリスタ資格を取得

 オーストラリアではブリスベンでしばらく過ごした後、ケアンズのバナナファームで働きました。オーストラリアでもニュージーランドと同じで、季節労働するとビザを延長できるんです。そこで今の彼と出会いました。彼はイタリアの出身なんですが、ビザの関係で一緒にいられる場所を探し、ニュージーランドにワーキングホリデーで来ることにしました。
 2015年の3月に入国し、最初は北島で2カ月ほどアップルピッキングの仕事をしていました。その後クイーンズタウンに移り、2人でスキー場での仕事を始めました。私はレストランのホールで働き、そこで「バリスタになりたい」と考えるようになりました。職場の人も「ここまでちゃんと働いてくれるんだったら、資格を取れば来年はバリスタとして雇ってあげる」と言ってくれて。夏場はミルフォードサウンドで働いてお金を貯め、2016年の4月にバリスタの資格を取るため、オークランドの学校に入学しました。
 私が勉強したNZQALevel3のコースは2週間で、授業は平日の夜2時間半ほどでした。コーヒー豆の構造や焙煎の仕方、豆の挽き方といった知識を身につける授業と、実際のコーヒーメイキングの授業がありました。自分でやりたいと思って勉強することなので、昔と違って勉強が楽しくて。資格を取ってからも本を読んだり、インターネットの記事や動画を参考にして勉強を続けています。

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2度目の応募で夢の職場のバリスタに

 約束通り、前に勤めていたスキー場のレストランで雇ってもらい、バリスタとして働き始めました。とても忙しいレストランで、ピーク時にはコーヒーも1日に3,000杯くらい作るんです。実践の場としては最適だったし、バリスタが全部で16人いたのでたくさん刺激を受けました。
 今はクイーンズタウン空港内にあるカフェでヘッドバリスタとして働いています。実は今の職場は2度、応募しているんです。1回目に応募した時は何の連絡ももらえなくて。でも、その時はバリスタの経験がなかったから仕方なかったんです。やっぱり経験がないと仕事をもらえません。資格を取って、経験を積んでから「前にも応募したんですが、どうしても諦めきれなくて。ここで働きたいから、1回でいいから面接してください」って押しました。トライアルをして、晴れてバリスタとして採用してもらえました。
 空港のカフェはすごく忙しいけど、1杯1杯を大事にしたいと思います。コーヒー1杯4.8ドルするんですが、お客さんにお金を払ってもらって作るからにはきちんとしたコーヒーを入れたい。ヘッドバリスタに昇格した今は、バリスタ同士のコミュニケーションを良くすることも目標です。作る人によって差が出てしまうけど、きちんとスタンダードを決めて、きちんとした質のものを出したい。やっぱり「コーヒーおいしかったよ」って言ってもらえると嬉しいんです。そういうのをみんなでもっと楽しみたいです。

「人生を味わっている」という実感

 バリスタの仕事は頭も使うし、神経も使います。豆の挽き方に合わせて抽出時間を調節したり、きちんとしたコーヒーを入れるには、知識と技術、観察力とタイミングが重要です。抽出時間は25秒から30秒が理想で、それより短かったり長かったりすると味がおかしくなってしまう。エスプレッソを入れたらミルクをすぐに注がないといけないし、ミルクもスチームして時間がたつと分離してしまい、きれいなコーヒーが入れられません。いろんなオーダーが一度に入るので、どの順番で入れたら早く提供できるかを考えながらやっています。すごく自分を試されている感じで、楽しいです。
 日本で働いている時も仕事は楽しかったけど、仕事と家を往復する毎日で、土日も関係なく働いて。今よりだいぶやつれていたと思います。日本にいた時は「休みの日は寝る」みたいな生活で。ニュージーランドに来てからは、休みの日の過ごし方も変わりました。料理やアクセサリー作りをしたり、絵を描いたり。英語の勉強を兼ねて映画を観に行くこともあります。暮らしが充実していると、「あ、今、自分生きてる」って実感できるんです。

離れて暮らす日本の家族への想い

 これまでやってこれたのは、やっぱり親の存在が大きいと思います。日本を離れる時も「やりたいことをやりなさい」って送り出してくれた。結婚はまだかとか子どもはまだか、とか言われる年頃だと思うんですけど、私の母親はそういうことを一切言わない。「バリスタの仕事がしたい」って話したら祖父が日本から本を買って送ってくれました。やりたいことがある時に全力で応援してくれる人たちがいるから頑張れる。ただ、離れて暮らしているので、親孝行できていないという自覚はあります。母親にそのことを話したら「やりたいことをやってくれているだけで十分親孝行だから」って言ってくれました。
 これからバリスタになりたいという人がいるなら、最初からバリスタとして働けなくても、ホールスタッフとして仕事をしたり、近いところから始めればいいと思います。今のカフェは空いた時間にホールのスタッフにもコーヒーの入れ方を教えたりしています。それから目標を明確に持って、とことんやり通すこと。私も今の職場に最初に応募して無視された時はショックでした。でも、1回振られたくらいで諦めきれなかった。何度もチャレンジしたら熱意は伝わると思います。
 「どうせやるなら一生懸命やりなさい」は、母親からずっと言われてきた言葉です。バリスタとしての知識を深めたり、最近はマシーンのメンテナンス・管理のことも学びたいと思うようになりました。それから、遠い目標だけど、いつか永住権が取れたらいいなと思っています。そのために今やれることを一生懸命やりたいです。

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