Vol. 185 Career Interview

助産師 パホモフ由香さん

どんなに勉強が辛くてもやめたいとは一度も思わなかった。念願だった助産師として 女性たちの安心をサポートしたいです


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現在、念願の助産師として働いているパホモフ 由香さんに今のキャリアを築くまでの経緯をお聞きしました。

パホモフ由香(ぱほもふ ゆか)さん

 高知県出身。大学卒業後、看護師として神奈川県内・東京都内の病院に勤務。自らの妊娠・出産の経験から助産師を志すように。2010年に家族でニュージーランドへ移住。助産師になる夢をニュージーランドで叶えるため、2014年にAUTに入学。2017年3月に国家試験を受け、合格。5月から助産師としてWaitemata DHBに勤務しながらプライベートでもケアを提供している。

妊娠・出産を経て「助産師になる」が目標に185career03.jpg

 日本では大学を卒業してから、神奈川県内と東京都内の病院で看護師として10年くらい働いていました。その間に結婚をして、2人の娘を出産しました。妊娠・出産を通し、妊娠・出産が奇跡の連続で成り立っていること、女性の素晴らしさ、赤ちゃんの力強さに感動しました。産後に授乳のトラブルがあったんですが、助産師さんのアドバイスにかなり救われたんです。1人の助産師さんの存在で自分のお母さん人生がとても楽になり、それをきっかけに「この感動を伝えたい」「自分もこういうサポートができたら」と思うようになりました。
 ロシア人の夫とは日本で出会い、新婚旅行でニュージーランドへ来ました。「いいところだね、いつか住みたいね」なんて気軽に話していたんですが、子どもができてから「ニュージーランドで子育てしたい」と考え、ビザの申請をしました。一方で、助産師になりたいという思いは変わらず、助産学校に受験の申し込みをしていました。
 結局、受験するよりも先にビザが下りました。受験票も手元にあり、あとは受験するだけというところだったのですが、調べてみると日本で助産師の免許を取得したとしても、ニュージーランドで有効な免許に書き換えるには5年以上の経験が必要ということが分かりました。そこまでは渡航を待てなかったので、2010年5月、家族でニュージーランドへやってきました。

3人の子育てをしながら大学進学を目指す

 私たち家族が申請したビザは「Work to Residence」という、9カ月のうちにフルタイムの仕事が見つかれば永住権を取得できるものだったんですが、移住してきて1カ月で妊娠していることが分かりました。当時、ビザの主申請者の夫はまだ仕事を探していたし、私も介護のアルバイトをしていたので戸惑いましたが、赤ちゃんを諦めたくはありませんでした。
 出産の1カ月前になってようやく永住権を取得し、無事、男の子を出産しました。子育てをしながらも、やはり助産師の夢は諦めきれずにいました。ニュージーランドで助産師になる方法を調べ、下の子が1歳になってから助産師の学部の入学に必要なIELTS 7.0を目指して勉強を始めました。
 謙遜でも何でもなく、私は英語が全くと言っていいほどできませんでした。語学学校の先生がとても熱心な方で、ライティングのレポートを出せばすぐに添削してくれたりと、本当に力になってくれました。学校に通っている間も子どもが入院したりと、大変なこともありましたが、勉強を始めてから2年かかってIELTS 7.0を取得し、2014年3月にAUT(Auckland University of Technology)に入学しました。

「今やらなきゃ後悔する」走り続けた3年間

 学部は3年間で、助産師の学部(Midwifery)だけは3学期制でした。2学期制の他の学部の学生が夏に長期で休んでいる間も、私たちは学校に行って授業を受けたり、実習をしたりしていました。3年間で理論的な内容を学ぶ時間が2,400時間、実習も2,400時間と決められています。家に帰ってからも試験の勉強をしたり、レポートを書いたりと、とにかく休む暇がありませんでした。
 病院での実習は朝7時から始まるものもありましたし、Independent Midwife(開業助産師)のもとで実習する時は、いつ呼び出しがあるか分かりません。出産はいつ始まるか分からないし、何時間かかるかも分からないので、帰って来て一息ついたら次の人、ということもあります。もちろん家のこともしながら勉強を続けていたので、寝る間もなく3年間を過ごしました。
 卒業時には学生の数が入学時の3分の1になるくらい、非常にハードな環境です。家族や友達と過ごす時間もないので、正直、気安くおすすめはできません。それでも私は助産師になりたかった。どれだけ大変でも、やめたいと思ったことはありません。「今手を止めたらもう戻れない、今まで頑張ったことが無駄になる」と思って勉強を続けました。やり遂げてみて思うのは「やって良かった」ということ。もしもやらずにいたら、おばあさんになっても後悔すると思ったんです。

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ニュージーランドで念願の助産師として働く

 今年の3月に国家試験を受けて、4月に合格発表がありました。助産師として登録されるにはIELTS 7.5が必要になるので、もう一度IELTSを受け、国家試験にも合格し、5月から助産師として働き始めました。今はWaitemata DHB(District Health Board)が運営するNorth Shore HospitalとWaitakere Hospitalで働きながら、プライベートでもクリニックを間借りしてIndependent Midwifeとしての仕事もしています。
 卒業して1年目の助産師は、勤務時間が週に32時間と設定されています。残りの8時間は勉強の時間に充てられ、興味のある分野のワークショップやスタディーデーに参加します。「New Zealand College of Midwives」という組織が、国から予算をもらい1年目の助産師をサポートしていて、1人あたり年間の教育に1,800ドルが割り当てられています。
 それから、ニュージーランドでは職場の人間関係がとてもフラットです。後輩でも、新人でも、先輩が言うことが知識や技術の面でおかしいと思ったら遠慮なく言えるし、相手も聞く耳を持ってくれている。職種や経験年数に関係なくディスカッションできる環境の中で、お互いに刺激され、改善されていくのはいいことだと思います。
 IELTS 7.5を取ったといっても、英語はまだまだです。私は英語の勉強を始めたのが遅かったので、アクセントへの苦手意識は拭えません。嫌だなと思うけど、それを気にしていたら喋れない。特に病院で働いていると、いろんな人から電話がかかってきます。苦手だからこそ、今は電話がかかってきたら、積極的に電話を取るようにして苦手意識を払拭するようにしています。

女性に寄り添ったケアで不安を和らげたい

 これまではとにかく無我夢中やってきました。心からやりたいと思えることが見つかった私は本当にラッキーだと思います。勉強している間はほとんど家にいられず、子どもたちに寂しい思いをさせてしまったんですが、勉強が終わった時は、とても喜んでくれました。家に飾り付けまでしてくれて。今は母親が助産師なんだと自慢げに言ってくれます。病院で働いていると、子どもが急に病気やけがをしても、なかなか代わりがいないので簡単に仕事を抜けられません。夫もフルタイムで働いているんですが、彼の理解とサポートがなければできません。
 将来はIndependent Midwife一本に絞って働く予定です。病院では正常から逸脱した状態の方が多いので、病院での経験を通して正常と異常の見極めのセンスを磨きたいです。また、今は病院で働くことで他の職種の人と関係を築き、独立した時にスムーズにコミュニケーションが取れるようにしたいです。いつかは自宅出産も取り扱えるようになって、女性たちの希望に添って安心して出産できるお手伝いをしたいです。
 助産師に会いに行くのは、本来楽しみなはずですが、私は3人目を妊娠した時は英語ができなくて、言いたいことが言えず助産師との会話がストレスでしかなかった。言葉の壁だけでなく、文化の壁もある外国での出産は不安でいっぱいだと思います。初めての出産でなくても、日本と比べて違いが多いので戸惑う人もいます。日本人の助産師としてこれから、女性たちの不安を取り除ければと思っています。

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