Vol. 192 Career Interview

ヘアスタイリスト 福地健二さん

クリエイティブな職業に憧れて美容師として生きていくことを決意。「選んだからには最後まで突き通す」生涯続けていく覚悟です


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福地健二(ふくち けんじ)さん

 神奈川県出身。9歳の時、両親について兄と一緒にニュージーランド移住。高校の途中から、クリエイティブで手に職が付けられる仕事に興味を持って美容師を志す。MITのHairdressing(美容師)コースで2年間に渡り専門知識を身に付け、実習で課題をこなす。卒業後は美容院勤務やフリーランスとしての活動を経て、現在はオークランド中心部から車で5分ほどの場所にあるサロン「Killer Hair」に勤務中。

「子どもに海外で教育を」両親と移住

 子どもに海外で教育を受けさせたいとの思いから海外移住することを決めた両親について、兄と初めてニュージーランドにやって来たのは9歳の時。その少し前にオーストラリアとニュージーランドに短期的に滞在したことはあったんですけど、小さかった僕が海外旅行だと思っていたそれも、両親にとっては移住のための下見の意味も兼ねていたようです。結局ビザの関係で、当時第一候補として考えていたオーストラリアではなくニュージーランドに移り住むことになりました。
 実際に僕が両親から移住について聞いたのは日本を発つ直前。引っ越す一週間ぐらい前に突然知らされて、どうせ日本国内だろうと軽い気持ちで聞いていたら、ニュージーランドのオークランドという都市ということでした。当時はいまいちピンと来なくて、とりあえず海外らしいという認識しかないまま、ニュージーランドに降り立ちました。
 到着してから3日後にはもう現地の小学校に通っていたので、今考えると大変なこともたくさんあったように思います。一番大きかったのはもちろん言葉の壁。まだ9歳だったということもあってアルファベットすらままならなかったし、1990年代の当時は今ほどアジア人留学生の数も多くありませんでした。
 僕はどちらかといえば机に向かうのが苦手なタイプだったんですけど、担任になった女性教師が常に隣にいて、困ったことがあればいつでも聞いてくれたんです。彼女の顔は今でもはっきりと思い出せますし、とても感謝しています。

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自営業への憧れから夢への選択

 小学校を卒業した後は、日本の中学校に相当するFarm Cove Intermediateでの勉強を経て、Pakuranga Collegeに入学しました。父親が設計士だったので、自分も後を追うようにYear12あたりまではグラフィックの授業を取っていたんですけど、学年が上がるにつれてだんだんと難しくなっていく専門的な勉強に、途中から本当に自分のしたいことなのか疑問を抱くようになりました。
 そもそも僕が設計士になりたいと思ったのは、自営業だった父親が自分でタイムマネジメントをしつつ自由に働く姿に憧れたからです。もちろん自分で時間調整できる厳しさはないといけないと思うけど、好きな時間に起きて好きな時間に寝るという生き方が、子どもながらに輝いて見えたんだと思います。
 そんな安易な決め方をしてしまったから、結局は高校卒業間近になってから何かが違うということに気が付いて。そんな時、当時大学でプログラミングなどを専攻していた理系の兄が一日中パソコンと向き合っている姿を近くで見て、じっと座って仕事をするのは自分の性格には合わないと思ったんです。
 それでたまたま知り合いに美容師をしている人がいたから話を聞いてみると、クリエイティブな環境で働くこと、それから手に職も付くし、オークランドだけでなく商売道具のはさみと技術さえあればどこに行っても需要がある仕事だということで、美容師になることを決めました。
 突然の進路変更にも両親が反対することはなく、ただ一つ「やると決めたからには最後まで突き通しなさい」と言われた記憶だけは今でも常に頭の中にあります。

プロフェッショナルな自分になるため

192career_02.jpg ニュージーランドで美容師になるためには免許を取得する必要がありません。実際に仕事があるかないかは別として、自分の気持ち次第で「美容師」を名乗ることができるので、中には美容学校に通わない人もいます。
 ただ、実践的な腕は練習でカバーすることができても、専門的な知識を独学で勉強するのはなかなかできることではありません。お客様から日々尋ねられる質問を前にうまく答えられないというのは美容の専門家としてふさわしくないように思うので、個人的な意見としては、学校に通うことをおすすめします。
 美容師を志すと決めて高校を卒業し、進学先に選んだのは、Level 4のHairdressing(美容師)コースを提供しているMIT(マヌカウ工科大学)でした。オークランド周辺には他にも半年や1年制のショートコースを展開している学校はいくつかあったんですけど、限られた短い時間で美容学の全てが身に付けられるとは思えなかった。いろいろと調べた結果、2年間という長期に渡り勉強ができるMITにしました。
 MITでは、1年目に骨や皮膚の病気や髪質、シャンプーやコンディショナ―といった製品に含まれている成分についてなどを理論で学んだ後、1年目の後半から2年目にかけては学校内にあるサロンで実習をしました。実践経験を積むことができるので、仕事探しにも直結します。 

生涯歩み続ける美容師の道

今はオークランド市内にある「Killer Hair」というサロンで働いています。光栄なことに、2016年と2017年には、「THE Urban List」にて行われた投票で2年連続「Best of Hair Salon in Auckland」に選ばれました。
 美容業界に入ってから今年で17年目になり、一時期は仕事にマンネリ感を覚えたこともあります。今の自分の能力を考えれば美容師以外思い付かなかったものの、何か他のことを試したくて。それでお客様やスタッフ、周りの人たちに話を聞いてもらったんですけど、その時に初めて美容師が人とのつながりを深く感じられる素晴らしい職業だと気付きました。一人につき短くても45分~1時間、対面でお話ができる仕事は他にありません。
 6年ほど前からは「Ronald McDonald House」という病気を抱える子どもを持つ親や家族が宿泊できる施設で、月に一度、ボランティアカットをさせてもらっています。
 始めた当初は自分一人だったんですけど、職場の賛同も得られ、今では毎回もう一人スタイリストがついて来てくれています。自分と家族が健康でいられることに感謝して今後も長く続けていきたいです。

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▲サロンでの仕事中、「Ronald McDonald House」で同僚とボランティアカット中の健二さん

頑張る日本人を応援したい

職業の種類に関わらず、国が違えば求められる条件や技術も異なります。美容師資格を持った日本人はニュージーランドにもたくさんいるけど、ローカルのサロンで働きたくても、英語力や技術面での問題が壁となってうまく仕事探しができない人もいるというのが現実。
 ニュージーランドでは30%が技術、70%がコミュニケーション能力といってもいいほど会話力が求められる傾向にあります。高いスキルを持っていても英語力がなければ次につながらないことも多く、現時点では、美容業界で頑張りたくてもチャンスがないという人たちへのサポート体制もできていません。
 美容師の先輩として苦労や不安、大変なことも分かっているからこそ、いつかは若い人たちをバックアップできるようなワークショップを開きたいと、美容師仲間の友達と話しているところです。結局はそれも人との関わり合いに繋がっていくことでしょうし、僕自身も「初心忘るべからず」をモットーに、前に進みたいと努力する人たちの力になれることを願っています。

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▲趣味のフットサルの仲間たちと

カテゴリ:Career Interview
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