Vol. 201 Career Interview

マーチャンダイザー 伊藤礼さん

日本語×英語×中国語 自分に必要なスキルを追い続け 気付けば就職してから早6年 今後も日々学びの精神で生きていきます


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伊藤 礼(いとう あや)さん

宮城県出身。中学1年生の時にオーストラリアで初の留学を経験し、不十分な英語力で悔しい思いをしたことからリベンジを決意。高校2~3年生までをニュージーランドで過ごす。現在はアパレル系カタログ通販企業において、マーチャンダイザーとして商品の企画や製作、市場調査、カタログデザインなどを担当している。

「リベンジしたい」 海外留学に再挑戦

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 いつも洋楽を聴いていた両親の影響で、小さい頃から英語に興味がありました。中学校1年生の時には海外ホームステイプログラムに参加し、2~3週間ほどの短期間ではありますが、オーストラリアの現地校に通ったこともあります。
 アルファベットさえままならないような英語力での渡航だったので、授業はさっぱり。実は当時の記憶はあまり残っていないのですが、初めての海外生活に楽しさを感じる反面、英語が思うように話せないということに歯がゆさを感じて、リベンジのためにカリキュラムの一環として海外留学ができる日本の高校に進学することに決めました。
 私が入学したのは、海外留学が経験できる外国語女子コース。カナダやスウェーデン、フランスなどさまざまな選択肢がある中で、私が留学先に選んだのはニュージーランドでした。当時は物価も安かったし、オーストラリアでの滞在経験があったので南半球に行きたいと思っていたんです。
 そしてニュージーランドを初めて訪れたのは、2007年のこと。初めての長期留学だったのである程度の下調べはして行ったものの、想像以上に田舎で驚いたのを覚えています。ホストファミリーがオークランド空港まで迎えに来てくれたのですが、学校があるワークワースという町までの道のりが本当にのどかで。ホームステイ先の家も山の上にあって、「すごい所に来ちゃったな」というのが正直な感想でした。

「勉強英語」と「実践英語」の壁

 学校はYear12(高校2年生)から始まりました。ニュージーランドでは、高校生のうちから自分の進路や興味に合わせた専門的な勉強ができます。私の場合は交換留学という形式を取っていたということもあり、学校側から指定された科目を履修することになりました。
 参加していた授業は、設計やデザインなどを学ぶグラフィックデザイン、英語を母語としない人たちのための英語のクラスESOL(English for Speakers of Other Languages)、数学、理科など。数学は日本ですでに学んだことを復習する感じでした。
 ただ、渡航前には英語も勉強して留学に備えてはいたものの、いざ到着してみると何を言われているのかほとんど分からない状態。「自分の英語が全く通じない」という状況に、渡航後すぐに挫折感を味わいました。日本で学ぶ英語と実際に使う英語は全くの別物なのだと改めて実感したんです。
 しかも、ニュージーランドに到着してすぐに学校も夏休みに入ってしまって。これだとなかなか英語も上達しないということで、同じ学校に通っていたホストシスターのパーティーに誘われたら必ず行くようにしたり、無理矢理にでもコミュニケーションを取らなければいけないような環境を作ったりして、自ら英語を話すよう心掛けていました。
 それから、リスニングの力を向上させるために、できる限りテレビも見るようにしていました。ニュースではなく、ドラマ。ニュースは内容も英語も難しくてハードルが高いけれど、ドラマならストーリーもあるし、日常で使える自然な相槌や返事を学ぶことができます。分からない言い回しがあればその都度調べて、実践に生かせるようにしていました。

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日本帰国 2カ国間での違いに戸惑う

 いろいろな場所に顔を出しているうちに、ホストシスターや同じ家にホームステイをしていたヨーロッパ人の留学生を通して、たくさんというほどでないにしろ、友達を作ることもできました。そうしているうちに英語もだんだんと分かるようになってきて、新学期が始まってみると、授業の内容が理解できるようになってきていたんです。これが大体、日本を出発してから3カ月目ぐらいの時なので、ニュージーランド英語特有のアクセントに耳が慣れてきたということも大きな理由の一つだと思います。
 ニュージーランドで交換留学生として8カ月ほどの時間を過ごした後は日本に帰国し、もともと通っていた高校に戻りました。海外での生活を経験してから日本を見て改めて思ったのは、「みんなと同調しなければいけない」というような風潮があるということ。日本にはまだ、はっきりと自分の意見を口に出すのを良しとしない文化があるように思えたんです。誰かの考えに対して「自分はそうは思わない」と言ってはいけないような。

201career_03.png もちろん人によって程度に差はありますが、ニュージーランドでは反対意見でもみんな耳を傾けてくれて、ちゃんと何かしらのレスポンスをくれたような気がします。この文化の違いには、日本帰国後にハッとさせられました。
 また、ニュージーランドの高校では性別は関係なく友達は友達として接することができていたのに対して、日本では女子クラスだったということ、そして自分たちがまだ10代だったということで、どうしても異性の目を気にする子が周りに多くて。「男の子=異性」となってしまうような雰囲気が、居心地が悪く感じたりもしました。日本の高校に復帰してからすぐの頃は、2カ国間でのギャップに戸惑うことも少なくなかったように思います。

将来を見据えた大学進学 中国語を選択

 留学で英語を学び、日本語はネイティブ。けれど私たちは学生時代から英語を学びますから、英語を使いこなせる日本人はきっとたくさんいるでしょう。だから今の時代、もう1つ別の言語を身に付ける必要があると思いました。当時はちょうど中国経済が良いと言われている時期だったということもあり、第3言語として私が選んだのは、偶然高校でも必修科目となっていた中国語でした。
 それで中国語と+αで何か勉強できないかと思い、高校卒業後には、滋賀にある大学の経済学部国際経済学科に進学することにしました。中国語検定の受験もサポートしてくれるとのことだったので、自分にぴったりな学部・専攻だと思ったんです。
 大学在学中には、生きた中国語を身に付けるために、実際に中国の大連への留学も経験。滞在していた2カ月ほどの間に、現地の大学に通って中国語力の向上を目指すのはもちろん、中国経済に関してのレポートを完成させなければならず、私は当時大きな問題となっていた「戸籍のない子どもたち」をテーマにしました。
 2カ国目の留学先となった中国は、ニュージーランドとも日本とも全然違い、現地の人たちがとても強く生きている印象を受けました。中国では、空気を読む必要もないし自分のことを第一に考えられる。見方によっては良くもあり悪くもあるのでしょうが、周りの目を気にせず生きるという意味では、日本人も多少は見習わなければならない部分なのかもしれません。

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数字をクリアして新しいステップを

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 今は、アパレル系カタログ通販の企業でマーチャンダイザー(MD)として働いています。もともとは、足の大きい自分に合ったサイズの商品を作りたいという思いから靴が作りたくて選んだ会社だったのですが、新卒採用で入社した人たちはまずはみんなコールセンター配属。この部署が実は一番大変で、クレームも来るし、フリーダイヤルなので変な電話もたくさん掛かってくるんです。中には精神的に疲れてしまってやむを得ず退職する人もいると聞きます。
 ただ、学びも多くありました。例えば、電話でのコミュニケーションは互いの顔が見えないということもあり、声だけで相手の気持ちを読みるという察知能力が身に付いたり、言葉遣いについても厳しく指導されるので、正しい日本語が使えるようになったり。そこを乗り越えて本社勤務になるというのが、入社後の通常の流れです。
 結局、靴の企画がしたくて入った会社でしたが、実際に異動することになったのはサイズ事業部といって、背の高い人向けの洋服を作っている部署でした。今はMDとして、商品の企画・製作から市場調査まで、多岐にわたる業務を担当しています。大変なこともたくさんありますが、自分が企画して売った服を着ている人を街で見かけたときや、インターネットの口コミで評判が良かったりしたときは、すごくうれしいです。
 入社してから6年。現在は4つのブランドを任されているのですが、それぞれかわいい系だったりスポーティーな感じだったりとテイストが違っていて、売れ行きにもかなり差があります。だから今は自分の中で、どうすれば全てのブランドを一番売れているものと同じ売り上げに持っていけるのかを考えているところ。数字をクリアするというのが、まず最初に達成したい目標です。

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