Vol. 202 特集

一日一日をしっかり生きて―― 友人がくれた一冊の本


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Vincent Nicoll-van Leeuwenさん

震災について「生活ががらりと変わりました」と振り返るVincent Nicoll-van Leeuwenさんは、当時高校1年生。環境の変化やストレスなどが原因で「もうどうでもいい」と自暴自棄になりかけたVincentさんを救ったのは、たった一冊の本でした。

― 2011年のカンタベリー地震が起きた時、何をしていましたか?

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 通っていた高校の近くにあるショッピングモールでランチを済ませ、学校に戻る途中でした。地面は大きく揺れましたが、それまでにも地震は何度か経験していたので、そこまでひどいことになっているとは思いもせず、事の深刻さを理解するまではむしろ友達とふざけ合っていたほどです。
 やっと自分が考えていたよりも大分深刻な状況になっていると感じたのは、学校でみんなと合流し、災害時の避難場所として指定されていた公園に向かう道中のこと。倒れていたり、けがをしたりしている人を自分の目で見た瞬間に、一気に不安が膨れ上がりました。
 携帯電話もつながらず家族とも連絡が取れないような状況の中、母は私のことを心配して街を走り回っていたと言います。避難場所を公園から大学の駐車場に移し、友達と励まし合うこと数時間。やっと帰途につけたのは、夜の8時を回った頃でした。

― それからの生活で大きく変わったことはありますか?

 街の様子ががらりと変わってしまったのはもちろんですが、高校生だった自分にとって大きく変わったことといえば、学校が3カ月もの間休みになったということでしょうか。当時は高校1年生(Year11)。これはニュージーランドの高校生のために行われる全国統一試験NCEAを初めて受ける年でもあります。試験の結果は学校の成績にも反映されるので、こんなにも長い間授業がないことに対して、とても大きな不安を感じていたのを覚えています。
 最終的に、3~4カ月後には別の場所に新しく建てられた校舎に通い出し、政府の特別措置もありながら、なんとか自分が受験した科目は全てパスすることができました。また、最初の2カ月ぐらいは水も電気も使えなくなり、ほとんどライフラインが断たれた状態。その時は自分のことだけで精いっぱいでしたが、今考えてみれば、学校が休みの間くらいはボランティアなどを通して困っている人たちの手助けをすることもできたはずです。もう少し自分にも何かできることがあったのではないかと、今では思ってしまいます。

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― 先日行われた日本語スピーチコンテスト(※1)でも、当時のことについて話していましたね。

 先日のスピーチコンテストでは全てを語ることはできなかったのですが、当時は誰もが少なからず精神的苦痛やストレスを感じていて、いろいろなことに対して「もうどうでもいい」という気持ちになっていたと思います。それが原因でお酒やドラッグに走ったりする人も多く、実際に私もそういう世界に引っ張られそうになったりもしました。そこで出合ったのが、友人が勧めてくれた日本文学の本。太宰治の「人間失格」です。
 それまではあまり進んで本を読むタイプではなかったものの、読書好きな友人が「読んで」とだけ言って手渡してくれたこの本のページをめくってみると、できることがあるのにどこか腐っている主人公がどことなく当時の自分と重なって見えて。友人もきっと、この小説の中に私と似た部分を見つけたからこそ、励ます意味でプレゼントしてくれたのではないかと思います。
(※1:JSANZ主催「Tertiary Japanese Language Speech Contest」)

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― 日本文学のファンということですが、どの作品がおすすめですか?

 いろいろありますが、特におすすめなのは三島由紀夫の「午後の曳航」。三島由紀夫という人の作品はどれも、読者が情景を想像しやすいように形容詞を駆使しているので、個人的には初心者にも読みやすく作られていると思っています。小説を読みながら、まるで主人公になったかのような気分が味わえる。そんな繊細な描写に一気に引き込まれるんです。
 ただ、日本文学というだけあって日常的には絶対に使わないような日本語もたくさん出てくるので、もし英語が分かるようであれば、逆に英訳されたものから入った方がすんなり読めるかもしれません。私はいつも、分からない単語があるとスマートフォンなどのアプリで訳しながら挑戦しています。

― 現在のクライストチャーチはどうでしょう?

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 徐々に復興は進んできているのでしょうが、どうしても遅いなと感じてしまう部分は否めません。実は2016年に1年ほど日本に留学していたことがあって、帰国後にはきっと新しいカフェやレストラン、ショップなどができているだろうと期待していたものの、実際にはほとんど何も変わっていないという状況。「全く進んでいないな」というのが帰国後に思い浮かんだ率直な感想でした。
 大人たちの中には「10年後、50年後にはきっと良い街になる」と言っている人もいますが、年齢が若ければ若いほど、10年という期間を長いと捉えがち。やはりそういう人たちにとっては、クライストチャーチは何もない街になってしまうんです。でも、時間の流れがゆったりしていたりリラックスできたりと、クライストチャーチには良いところもたくさんあります。今は一刻も早く、街が人であふれかえって、にぎやかさを取り戻すことを祈るばかりです。

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