Vol. 202 Career Interview

助教(Research Associate)和田森由紀子さん

家族みんなの笑顔を守りたい 永住権取得の先の子どもたちの幸せを 特技が一番生かせる研究という仕事が 自分にとっての天職だと今はそう思います


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和田森由紀子(わだもり ゆきこ)さん

神奈川県出身、クライストチャーチ在住。2011年に発生した東日本大震災をきっかけに、家族5人でニュージーランドに移住することを決意。永住権の取得を最優先とした逆算プランニングにより、リンカーン大学で食品科学を学んだ後、紆余曲折がありながらも現地企業に就職、永住権取得。現在は食品関連の研究所で研究職に従事している。

東日本大震災をきっかけに海外移住を決意

 昔から早く子どもが欲しいと思っていたこともあり、手に職を付けておけば産後も仕事に戻りやすいのではないかと考え、日本では5年ほど歯科医と口腔外科医の仕事をしていました。大学病院で朝早くから夜遅くまで働いていたので、毎日大忙し。時に16時間にもおよぶ手術に入ることもありました。
 出産を機に退職してからは東京で専業主婦をしていましたが、2011年に発生した東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故をきっかけに、仕事があった夫を残し、子どもたちと一緒に島根に移住。半年後には海外移住を視野に入れて、世界の自然災害情報などを調べつつ国を選び始めました。とはいえ、当時はインターネット上においても情報が限られている時代。特にニュージーランドのブログなどを運営している人はほとんどいない状態だったので、必要な情報を集めるのに苦労した記憶があります。いろいろ調べた上で、最終的にニュージーランド移住に踏み切ったのは2012年春のことです。
 ただ、国外で歯科医師として働き続けようと思うと、日本で取得した歯科医師免許の切り替えを行わなければならず、それができるのは、英語が使える国だとカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの数カ国で、当然ながら条件も国によって異なります。中でもニュージーランドは、IELTSのバンドスコアがそれぞれ7.5以上という英語力が必須条件になっているだけでなく、登録料だけで300万円ほどもかかるんです。
 加えて、面接や筆記テスト、ロールプレイングなどの試験は1人につき人生で2回程度しか受験資格がもらえないという徹底した厳しさ。さすがに家族5人の将来を背負って挑戦するにはリスクが高すぎると思い、別の分野で頑張ってみることにしました。

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渡航3週間で飛躍的に英語が上達

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 私は文法や単語は得意分野だったのですがスピーキングには自信がなく、夫も英語が得意ではなかったということもあって、到着後にとりわけ苦労したのは言語面でした。渡航後はまず家族で暮らす家を探さなければならなかったのですが、どっさりと渡された契約書を読むのにも膨大な時間が必要でしたし、家の見学に行くために不動産会社に電話をしても全く聞き取れなくて。必死の思いで家を見つけて子どもたちを学校に入れた後は、当初の予定通り語学学校に入学しました。
 ところが、家探しなどのために奔走していた約3週間ほどの間にずいぶんと英語力が伸びていたようで、語学学校入学の翌月に受験したIELTSで6.5のスコアを取得することができてしまったんです。到着当日に空港でレンタカーを借りようとして、知っている単語をつなぎつなぎ話していた自分と比べると、かなりの違い。スピーキングは「実践あるのみ」だということを身をもって学びました。
 すでに語学学校の学費9カ月分をまとめて支払っていたのでその後も通い続けたところ、またさらに英語力が上がり、半年後にはIELTS7.0取得を達成。語学学校在籍期間中はとにかく今後に向けていろいろな英語を身に付けたいと思い、IELTSのほか、ケンブリッジやEAP(English for Academic Purposes)、ビジネスなど、さまざまなコースを受講しました。

入学準備 大学3年間の勉強を独学で

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 進学を前にして何を専門に勉強するか考えた時、将来的な収入といった観点からなるべく学歴が高くなるもの、また、今までの経験に少しでも関連したものがいいと思い、まずはスピーチセラピストという職業について調べました。しかし、語学学校の先生たちに「それはさすがにネイティブでなければ難しいだろう」と言われてしまって。それではどうしようかと悩んでいたところ、私たちが住んでいたクライストチャーチ周辺にはカンタベリー大学だけでなく、リンカーン大学があるということを教えてもらったんです。
 両大学とも説明を聞きに出向いたのですが、カンタベリー大学の方では、私の経験分野が医療系だったということもあり、サイエンス系のコースを専攻するにはもう一度大学レベルから勉強し直す必要があると言われました。一方、リンカーン大学では職務・実務経験があれば大学院から始められるということだったので、それが決め手となって後者への進学を決めたものの、新しい分野を勉強するわけですから不安は尽きないもの。入学してから経験するであろう大変な思いを少しでも軽減させるため、語学学校に5週間の休暇申請をして、大学で行われている講義に参加させてもらうことにしたんです。もちろん、大学側にも許可は取ったうえで。
 それから、それぞれの科目を担当している教授たちに、授業で使用するプリントや資料をもらいに行ったり、実際の進学までに知っておかなければならない情報を教えてもらったりもしました。最初から全部英語で読むのは大変だし時間もかかりますから、日本から同じ内容の参考書を取り寄せて、内容を一度把握してから英語版に取り組むという方法で乗り切りました。

リンカーン大学で食品科学を学ぶ

 私の目標はあくまでも家族で永住権を取得すること。そのためにはまず、卒業後に仕事を見つけなければなりません。そこで移民アドバイザーの無料相談に伺い、ニュージーランドで活発な業界について尋ねてみたところ「食品系ではないか」との回答をもらったので、リンカーン大学では食品科学(Food Science)を専攻することに。もともと子どもたちがアレルギー体質だったり、夫が持病を抱えていたりしたこともあって、食品についてはとても詳しく、結果的にこの選択は大成功だったと思います。
 コースの中で学んだのは食品工学(Food Engineering)や生化学(Biochemistry)、毒性学(Toxicology)など。特に私にとっては新しい分野だった毒性学のためには、学期開始前に教科書を読んで予習したりしました。しかし、これがとんでもなく分厚い冊子だったんです。とりあえず開いてみたものの、読むのに時間がかかりすぎるということで、数十ページほどめくった辺りでギブアップ。そこでももう一度学科を担当する教授に相談してみたところ、特に大事な部分を教えてもらうことができたので、ノートにまとめることにしました。重要ポイントだけを書いていたはずだったのに、気付けば全部でノート5、6冊ほどにもなっていて。あの頃の頑張りには、自分でも驚きです。
 そしていざ入学してみると、もちろん専門用語などもそれなりに出てきますが、基本的に出てくる単語は繰り返し。一度覚えてしまえばそう苦労はしませんでした。語学学校のEAPコースでプレゼンテーションの仕方やエッセーの書き方を学んでいたのは、かなり大きかったと思います。おかげで、大学主催のプレゼンテーション大会でも決勝に残ることができたんです。

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研究職に 全てが今につながっている

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 もともとはPostgraduateで勉強するのは1年間だけで、すぐに仕事を探すという予定で動いていたので、夏の間に20~30件ほどの履歴書を現地企業に送りました。全く返事は来ませんでしたが、就職活動をしている最中、実際に企業で就業体験ができるサマースカラシップに合格。そこで業務経験を積みながらも、毎日履歴書を送るという日々を送っていました。しかし、相変わらず返答はゼロ。もう少し勉強した方がいいのかもしれないと思い直し、留学期間を延長して修士号の取得まで目指すことにしたんです。
 努力のかいあって、修士号取得後は先生の推薦で就職することができ、転職を経て現在は食品関連の研究所で研究の仕事に従事しています。政府管轄ということもあって、頑張れば頑張るほど給料も上がりますし、福利厚生も整っていて素晴らしい環境。何より、私が所属しているチームの今のメイン研究テーマは「噛むことと消化吸収について」で、今まで経験してきた全てのことが生かされる職場だという風に感じています。また、就職活動の際には、サマースカラシップで職業体験をしていたのもポイントが高かったようです。
 今は助教(Research Associate)からサイエンティストを目指し、努力の毎日。サイエンティストになるのにかかる時間は通常5~10年ほどで、年俸もぐんと上がります。子どもがオリンピックなどを見据えて真剣に新体操に取り組んでいて、よく海外遠征に行くので、その分たくさん稼いで、できる限りの応援をしてあげたいと思っています。

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