Vol.72 時代を飾るキウイ 総集編2


先月号に続き、今月はニュージーランドの著名人やキーパーソンのインタビューで構成する『時代を飾るキウイ』総集編の後半をお届けいたします。今月は2005年12月発行の48号から2007年の10月発行の70号までにご登場いただいた23人です。時々読者の中から「どうしてそのニュージーランド人を今インタビューするのか?」というご質問をいただきます。『時代を飾るキウイ』は今ニュージーランドで活躍している人、もしくは日本と関係があるニュージーランド人をインタビューし、ニュージーランドの各業界の旬や日本との関係を紹介するのが狙いです。旬の人は地元のメディアでも紹介されるのでわざわざイーキューブで取材することもないと思いがちですが、それらの方々の中には日本との関係がある人が意外と多く、地元メディアでは取り上げない日本人として興味のある話題が少なくありません。(肩書きやプロフィール等はインタビュー時のものです)





シェフ講師Derek Robertson

2006年1月号<Vol.48>
クリスマスの朝は3時に起きて調理を始めます。

Derek Robertson
ダレック・ロバートソン
シェフ講師

ダニーデン出身。国内外のレストランでシェフとして活躍後、シェフ講師としてキャリアを積む。同時にパワーボートレースのTV 解説も務め、TV3 Gone Fishin にレギュラー出演。著書はGone Fishin の主役Graeme Sinclair と共著のクックブックが2 冊。2003 年 Chef of the Year 賞を受賞。マイケル・ジャクソン他多くのセレブの為にも調理の経験を持つ。

私は、クリスマスの日は夜中の3時頃から起きて調理を始めるんですよ。子供達がまだ寝ている間に、ご馳走の支度を始めます。ニュージーランドの伝統的なクリスマス料理というよりも、我が家の定番のクリスマス料理を作ります。子供達の味覚が豊かに育つように、様々な味わいを体験させてあげたいと思うのです。クリスマスプディングは毎年8 月に作ります。これは子供達との共同作業です。子供達は順番に小指でケーキ生地を混ぜ、混ぜ終わったらその指をなめて味見をします。これで、彼らも作ることに参加したことになるからです。8月に作ったプディングはクリスマスまで保存しておくと、ちょうど味が染み渡って、美味しくなるのです。




レストラン・ケータリング会社経営David & Harbans Williams

2006年2月号<Vol.49>
心に残るひと時を体験していただく為の時間と労力は惜しみません。

David & Harbans Williams
ディビッド & ハーバンズ ウィリアムス夫妻
レストラン・ケータリング会社経営

David Williams
ウェリントン生まれ。シェフとホテルマネージメントを学んだ後、21歳の時にクイーンズタウンに南島初のピザレストラン、The Cow をオープン。以後続々と人気レストランをオープン、イベントのケータリング会社Glorious Food を設立。

Harbans Williams
シンガポール出身。1981年にニュージーランドに移住し、旅行代理店を始める。その後ニューマーケットにタンドゥーリをオープン。デイビッドど共にRelish Group を設立、結婚。

レリッシュ・グループのイベントやレストランに共通するのは、洗練された味、スタッフのプロフェショナリズム、そして人々を引き込む空間演出。「お客様がその場に足を踏み入れた瞬間から、お帰りになるまでの時間を完璧に演出することが我々の役目です。その為、サービスは過剰にならずに、隅々まで行き届いていることが大切です。その場の体験を他の選択種よりもはるかに魅力的なものにしなくてはいけないのです。




TV3 キャンベルライブ・アンカーJohn Campbell(ジョン・キャンベル)

2006年3月号<Vol.50>
テレビ出演の際は、普段の自分よりも大きい人間になりき ります。

John Campbell
ジョン・キャンベル
TV3 キャンベルライブ・アンカー

ウェリントン出身。ヴィクトリア大学で英文学を学び、1989 年に証券マンからラジオのジャーナリストに転身。91 年TV3 に転職。1997 年にオークランドに引っ越し、98 年より6時のニュースのプレゼンターとなる。ジャーナリストとしての受賞多数。2005 年よりCampbell Live 開始。クリスマス休暇中は、奥様と二人の子供とのんびり過ごした。Campbell Live TV3 月~金19:00 ~19:30

今はプレゼンターであり、リポーターであり、プロデューサーでもあります。アシスタントがするような仕事でもすることがあります。編集もします。小さなチームなので、やらなくてはいけないことは何でもするのです。中でも、私が一番好きなのは放送用の原稿を書く事です。印刷物の為に書く事は苦手なのですが、放送用の原稿は楽に書けるんです。印刷物と違い、放送用は文法よりもリズムや、テンポを考えながら、聞いて心地よいように言葉を選びます。良いテレビのライターというのは、映像に言葉を絶妙にマッチできる人です。そして、どの時点で沈黙を入れて画像を尊重するかというのも、大きな技術なのです。

スーパー14 ブルース ウィンガーDoug Howlett(ダグ・ハウレット)

2006年4月号<Vol.51>
多くの女性から「どうして?」と言われた新ヘアスタイル

Doug Howlett
ダグ・ハウレット
スーパー14 ブルース ウィンガー

1978 年ニュージーランド人の父とトンガ人の母の間にオークランドで生まる。オークランドグラマースクール、オークランド大学を経て、ラグビー選手に。18 歳の時に100 メートルで10 秒84 を出し、ニュージーランドのチャンピオンとなる。さらに100 メートルハードルでも優勝したアスリート。オールブラックスのデビューは2000年の対トンガ戦。それ以来、オールブラックスに選ばれ続け、キャップ( テストマッチの出場回数)は50 を数える。歴代のオールブラックスのトライ数でも現在3位。

カールした髪の毛をこのシーズン開始前にばっさりカットして、坊主になったことはメディアの話題にもなりました。男性は「よくやった」、「似合う」と言う意見が多いのに対し、女性は多くの人が「どうして?」と言いました。実を言うと、もう28歳にもなり、チームでもベテランの部類に入るので、気分転換もいいのではと思ったのです。シーズンの開幕にはヘアスタイルを変えて臨む選手も少なくありません。例えば、昨シーズンのチームメイトだった、カルロス・スペンサーはサッカーのベッカムがワールドカップで披露したソフトモヒカンにし、さらに金髪に染めました。私はそこまでは派手する勇気がありませんでした。




TV3 キャンベル・ライブ リポーターJaquie Brown(ジャッキー・ブラウン) 2006年5月号<Vol.52>
私でなければできないこと。それがテレビ番組「キャンベル・ライブ」での私の担当です。

Jaquie Brown
ジャッキー・ブラウン
TV3 キャンベル・ライブ リポーター

イギリス生れ。15歳の時、両親とニュージーランドに移住。オークランドのセルウィン・カレッジを経て、写真を専攻したユニテック在学中からボランティアラジオに関わる。それ以来、メディアの世界へ。人生の半分はニュージーランドに住んでいること、ニュージーランド人のボーイフレンドがいることで、すっかりニュージーランドがお気に入り。趣味は抽象写真を撮ること。

30分間の時事問題のトークショー「キャンベル・ライブ」での私の仕事はレポーターです。時事問題とは一切関係のない、私が考えて提案した、シリアスではなく、笑いの取れる企画です。大きな事件がなく、放送時間に余裕がある時にのみ、オンエアされます。時々、どうして「キャンベル・ライブ」に出演するのに、時事問題を担当しないのかと聞かれます。私は事件の成り行きを追ったり、関係者に話を聞いたりするのは、どうも性に合いません。落ち込んだり、悲しかったり、シリアスになり過ぎ、心が痛み、自分らしさを出すことができないのではないかと思うからです。




歌手Yulia(ユリア) 2006年6月号<Vol.53>
英語で苦労することはもうありませんが、ライブでのインタビューではいつも緊張します。

Yulia
ユリア
歌手

ロシア生まれ。20歳。母親がクライストチャーチ在住の男性と再婚のため、16歳でニュージーランドに移住。クライストチャーチのカシミア・ハイスクールに通う。海外での初のパフォーマンスはデビュー前に東京で行ったという、日本とも深い関係がある。髪の色を変えるのが好き。地毛はナチュラルブラウン。フルネームはユリア・タウンゼント。2005年8月にニュージーランドに帰化。

2枚目のアルバム「montage」の発売直後にTV ONE の番組「CLOSE UP」のスタジオでライブインタビューがあり、アルバムからシングルカットした「We'reall alone」を歌いました。普段インタビューを受けるのは大好きで、気軽に臨むのですが、国営放送のライブ番組でしたし、すごく緊張しました。歌は3 回リハーサルを行い、ミスのないように気をつけました。インタビューはパーソナリティーと一対一でした。脚本はありませんでした。ライブのインタビューですから、質問が分からないといって聞き返すことはできません。間違った内容を言わないよう、以前のインタビューと同じ内容を言えるかどうかに気をつけました。

ボディコンバットディレクターRachael Newsham(レイチェル・ニューシャム) 2006年7月号<Vol.54>
いつも自然体で、フレッシュでいること。それが美しさを保つ秘訣です。

Rachael Newsham
レイチェル・ニューシャム
ボディコンバットディレクター

イングランド出身。26 歳。高等教育でパフォーミングアーツの学位を取得した後、18歳でフィットネス業界へ。スポーツマネージメントを学び、インストラクターとして経験を積む。ボディコンバット、ボディアタック、ボディジャムの英国マスタートレーナーを経て、2004 年4月、ダン・コーエンとともにボディコンバットのプログラムディレクターに就任。ダンとは公私共によきパートナー。Les Mills Auckland World of Fitness, 186 Victoria St., Auckland CityTel.09-379-9550

アスリートは普通、スポーツごとにシーズンがあるから、それに向けて体をつくっていけばいいですよね。レスミルズはオフシーズンなしの年中無休なので、いつでも臨戦態勢( 笑)。ただ、365日スーパーフィットというのは無理だし、かえって健康にも悪いので、新バージョンのリリースに合わせて調整するようにしています。リリース時に全世界のインストラクターに配布するためのDVD撮影があるので、その際にベストコンディションでいられるようにね。リリース時はレッスン数も増えるし、撮影後にはインストラクター教育のための出張も入るので、どうしても痩せる、というかやつれちゃうんですよ(笑)。




作家、映画監督Toa Fraser(トア・フレイザー) 2006年8月<Vol.55>
ニュージーランドの素顔を描いた『No・2』のような映画を世界に発信していきたいです。

Toa Fraser
トア・フレイザー
作家、映画監督

1975 年、英国人との母とフィジー人の父との間に、英国で生まれる。89年、家族とともにオークランドへ移住。オークランド大学卒業後、98 年に初の戯曲『Bare』を初演し、NZ チャップマン・トリップ賞最優秀新作賞と最優秀戯曲賞を受賞。第2作『No.2』は2000 年のエディンバラ・フリンジ・フェスティバルで最優秀賞に輝く。05年、自身の舞台を映画化した『No.2』で監督デビュー。同作品は06 年サンダンス映画祭で国際観客賞に選ばれた。

ニュージーランドにはマイノリティに向けた小作品やインディペンデント映画のニーズはないので、不利かもしれませんね。ただ、その一方で、映画産業自体が国際的なものでもあるため、ほかの分野よりも世界へ羽ばたいていけるチャンスが多いんです。『No.2』のように私的な内容の作品でも、充分、国際舞台で勝負できるのですから。幸いなことに、この国の映画制作スタッフは優秀で、情熱もあります。また、『No.2』の配役オーディションの際によくわかったのですが、優れた俳優・女優もたくさんいるんですよ。ですから、これからも世界の映画界で活躍する人材が数多く輩出されると確信しています。




女優iriama Smith(ミリアマ・スミス) 2006年9月<Vol.56>
住宅番組『NZ House & Garden』では、人生を最大限に満喫するキウイの暮らしをリポートしています。

iriama Smith
ミリアマ・スミス
女優

1976 年ロトルア生まれ。幼少時よりダンスとジャズを習い、91 年、テレビドラマ『Shark in the Park』で女優デビュー。以後、『Shortland Street』(92 ほか)、『Mercy Peak』(01)、
『Power Rangers Dino Thunder』(04)、『Last Man Standing』(05) といった国内外のドラマに数多く出演。主な映画出演作に『猫は、なんでも知っている』(02)、『Spooked』(04) など
がある。今年7月よりTV ONE の新番組『NZ House & Garden』( 毎週金曜日19:30 ~) でプレゼンターを務めている。

私は旅が好きですし、仕事柄、移動も多くて、ずっとジプシーみたいな暮らしをしてきたんですよ。ですから、住宅やインテリアに関するこだわりもそれほどなくて。でも、この仕事をしたことで、住居への興味を持つようになりましたね。また、キウイのライフスタイルの美点やニュージーランドがどんなに素晴らしい国であるかを改めて発見することもできました。ニュージーランドは寒すぎることも暑すぎることもなく、気候に恵まれています。そしてオークランドのような大都市でも少し足を延ばせばビーチや森といった、豊かな自然が広がっていますよね。そうした環境の中で育ったキウイは、アウトドア・リビングを何よりも好むんです。




モデルNgahuia Williams(ナフイア・ウィリアムズ)

2006年10月号<Vol.57>
真摯な姿勢とプロ意識を持って、モデルの仕事を楽しんでいます。

Ngahuia Williams
ナフイア・ウィリアムズ
モデル

パケハの母とマオリの父との間に、オークランドで生まれる。16歳でモデルを始め、雑誌、カタログ、テレビコマーシャル、ファッションショーなどで活躍。 Air New Zealand Fashion Week には2003 年より連続参加。18 歳のときからMaxのモデルを務め、現在5シーズン目。シンガポール、香港、イタリアなど海外のファッション業界にも活動の場を広げている。所属エージェント:62 Models & Talent

この職業の醍醐味は、僻地でロケを行ったり、高いところから飛び降りたりと、日常生活ではまず味わえない体験ができること。それに対応できるだけのフレキシビリティが要求されますが、自分の性には非常に合っているようです。そして、出張が多い点も気に入っています。海外のスタッフやモデルたちと仕事をすると、視野が広がり、勉強になるんですよ。特にヨーロッパとアジアでは、スタイルが全く違うから興味深いですね。そうした世界のトレンドは、ニュージーランド国内にいるだけではなかなか肌で感じられない。ですから国外で仕事をすることは、自分のかけがえのない財産になっていると思います。




女優Fleur Saville(フルアー・サヴィール)

2006年11月号<Vol.58>
自分を信じて挑戦し続けること。それが女優への道を拓いてくれました。

Fleur Saville
フルアー・サヴィール
女優

1984 年オークランド生まれ。10 歳で舞台『Joseph and the Dreamcoat』のナレーターを務め、その後『Sound of Music』のブリジッタ役で女優デビュー。15 歳の時、初のテレビドラマ出演作となる『Being Eve』で主役のイヴ役を射止め、注目を集める。以後、テレビ、舞台、映画で活躍中。現在、TV2 の連続ドラマ『Shortland Street』にリビー役でレギュラー出演している。その他の主なテレビ出演作に『The Tribe』、『Spin Doctors』、舞台作品に『チャーリーとチョコレート工場』、『New Gold Dream』などがある。6歳の時から続けている乗馬のほか、スノーボード、サッカー、少林寺拳法、ギターなど、趣味も豊富。和食が大好きで、お気に入りのレストランはTanukiʼs Cave。

次の大きな目標はハリウッドへの進出です。ニュージーランドの何千倍も競争が激しいから、簡単なことではないとわかっていますが、アクションを起こさなければ始まらないでしょう。そのために今はこの国でしっかり働いて演技経験を重ね、資金を貯める予定です。女優の仕事に就き、キャリアを積むには、自分を信じて何度でも挑戦し続けるしかないんです。オーディションを受けても落ちるかもしれない。でもオーディションは1回だけではないし、チャンスはたくさん転がっている。好機がいつ訪れるのか、それは諦めずにねばらなければわからないこと。私も自分は女優になれると信じ、真っ直ぐに努力したから夢が叶ったのだと思うんです。




ボディジャム プログラムディレクターGandalf Archer(ガンダルフ・アーチャー) 2007年12月号<Vol.59>
日本でも導入された「ボディジャム」に 僕のダンス人生を捧げています。

Gandalf Archer
ガンダルフ・アーチャー
ボディジャム プログラムディレクター

オークランド生まれ。11歳でヒップホップダンスを始める。エアロビクス・インストラクターの資格を取得し、1995 年、15 歳で「レスミルズ・オークランド」のフィットネス・ダンス・インストラクターとしてダンス教師のキャリアをスタート。2003年よりボディジャムのコリオグラフィー・チームに参加し、現在、同プログラムのディレクターを務める。「シティ・ダンス」でも約7年間ヒップホップを教えている。好きなコリオグラファーはヒップホップのマーティ・クデルカ。アーティストは、ジャスティン・ティンバーレイク。

ボディジャムは、ほかのグループフィットネス・プログラム同様、3ヵ月に1度、ニューバージョンのリリースがあります。モダン、ヒップホップ、ラテン、ジャズ、アフリカン、インディアン等々、あらゆるスタイルを取り入れて振り付けをするので、毎回やりがいがありますよ。例えばインディアンのビートを使う場合、僕自身がインド舞踊に精通している必要があるでしょ。世界中にある多種多様なダンスを、常に勉強し、精進していかないと追いつきません。優れたコリオグラフィーを作るには、それに合ういい音楽が不可欠なので、楽曲探しには重点を置いています。これは時間も手間もかかるハードな作業ですね。




ランドスケープ・デザイナーXanthe White(ゼンシィ・ホワイト) 2007年1月号<Vol.60>
エラズリー・フラワーショーで公開した「100% Pure New Zealand Garden」は、ニュージーランドの自然と文化を象徴しています。

Xanthe White
ゼンシィ・ホワイト
ランドスケープ・デザイナー

ウェリントン生まれ、オークランド育ち。オークランドのUNITEC でランドスケープ・デザインのディプロマを取得後、2000 年にデザイン会社を設立。ガーデン・メンテナンスやデザインの仕事の傍ら、98~2001 年にTV3 の『Groundforce』、04 年にTV ONE の『UltimateGarden』と、2つのガーデン番組に出演する。03年、初参加となったエラズリー・フラワーショーで銀メダル獲得。04 年の同ショーでは金・銀両メダル、ランドスケープ産業協会アワードなどを受賞。今年のショーでは、5月、英国のチェルシー・フラワーショーに出展し、シルバー・ギルト・メダルに輝いた「100% Pure New Zealand Garden」を再現した。

ガーデンデザインの醍醐味は、コミュニケーションにあると思います。クライアントの希望を聞き、話し合い、資料を読み、言葉やアイディアを書いて、コンセプトを決める。レイアウトが上がったら、園芸職人や造園担当者にチェックをしてもらい、またそこで意見をいただく。いろいろな人々の見解を聞きながら、デザインを完成へ導いていくのです。私よりも優れたアイディアを持っている人々は大勢いますから、それらに耳を傾け、常に勉強を怠らないようにしなくてはなりません。また、ガーデンにはさまざまな種類があり、スタイルも無限ですから、いつも新鮮なことも魅力ですね。




ファッション・デザイナーTrelise Cooper(トレリス・クーパー) 2007年2月号<Vol.61>
女性を幸せにするファッションを生み出すこと。それが「トレリス・クーパー」の哲学です。

Trelise Cooper
トレリス・クーパー
ファッション・デザイナー

オークランド生まれ。20代初めの頃、自身のブティックをオープンし、ファッション業界の道へ。結婚・出産を経て一時は業界を離れるが、1997年に再びファッション・デザイナーとしてビジネスを始動。現在、ニュージーランドとオーストラリアに直営店を持つほか、世界各地の有名ブティックで商品を展開している。ジュリア・ロバーツ、メグ・ライアン、リーズ・ウィザースプーンなど、ハリウッド・セレブの顧客も多い。www.trelisecooper.com

私は出張が多く、1週間に1度くらいの割合で旅に出ます。旅先から拾った要素や、映画、絵画、音楽などから得たヒントを、ニュージーランドならではのユニークなフレーバーとミックスさせ、優れたデザインへと昇華していくのです。この国には、ルイ・ヴィトンやブルガリのようなスーパーブランドはないけれど、その代わりに枠にとらわれない自由な発想ができるという利点があります。世界のファッションの中心地はニューヨークやパリやロンドンですから、状況によってはこれらの都市に拠点を移す可能性もゼロとは言えません。でも、私はニュージーランドが気に入っているので、ここで仕事を続けたいと思っています。




「ハロードリー」ディレクターAngela Beer(アンジェラ・ビアー) 2007年3月号<Vol.62>
ニュージーランドの新ブランド「hello DOLLY」は、独立心旺盛な女性へ贈る、フェミニンなツールです。

Angela Beer
アンジェラ・ビアー
「ハロードリー」ディレクター

ロトルア生まれ。オークランドでマーケティングの学位を取得後、ジャーナリズムと広告業界でのキャリアを経て、2006 年「hello DOLLY」を設立。女性向けの大工ツール「DIYDOLLY」を発売して話題に。また、TV ONE の投資番組『Dragonsʼ Den New Zealand』に出演し、見事ドラゴンの1人バリー・コーマンより25 万ドルを獲得。その投資金をもとに、ガーデニング道具「Digger DOLLY」を発表。今後もカー用品、旅行アイテムなど、さまざまなシリーズをリリースする予定だ。 www.hellodolly.info

私は、自分が女性であるということに、喜びと誇りを感じています。メイクアップをしたり、キレイなドレスを着てお洒落をしたりという、フェミニンなことが大好きなんですよ。そして、現代の女性は非常に独立していて自由で、何事も自らの意志で選択できるでしょう。それも素晴らしいことだと思っています。かつては女性の地位が低く、男性の添え物のように扱われていた時代も存在していたわけですからね。「hello DOLLY」は、そんな"今の女性"に向けて、あらゆるツールを提供するために立ち上げたブランドです。そして実際に行動を起こそうと決心したのが、2005 年の12月。毎年12月に仲のいい女友達12 人と開催している恒例のランチパーティ「ドリー・ランチ」の席でのことでした。




語学学校協会会長Angela Oliver(アンジェラ・オリバー) 2007年4月号<Vol.63>
留学生によりよい学習環境を提供すること。それが語学学校協会「English New Zealand」の務めです。

Angela Oliver
アンジェラ・オリバー
語学学校協会会長

1949年11月オークランド生まれ。1男2女の母。幼稚園教諭を経て、大学で日本語を専攻。英語教師となり、1986年より日本の大阪と京都で3年間、教鞭を取る。1989 年、ニュージーランドに帰国後、夫のクライブとともにユニーク・ニュージーランドを設立。2005年、ニュージーランドの伝統ある語学学校の協会 English New Zealandの会長に就任。学校機関に関する政府のリファレンス・グループに参加したり、子育てのセミナーを主宰するなど、教育の分野で幅広く活躍している。www.englishnewzealand.co.nz

会長としての私の仕事は、協会のスポークスマンであること。各加盟校の意見を聞き、それを調整すること。定期的にミーティングを開き、各校からの報告や提案などを集めて、それらをまとめる役割です。メンバーも26校にまで増えましたし、今年中にはあと3校ほど新しく加入する予定です。歴史ある老舗校にはそのよさがあるし、新設校にも素晴らしい面があります。学校が互いのよい点を学び合い、切磋琢磨して、よりグレードの高い教育を提供できるように導くのが協会の重要な任務。最近は各校で意見がぶつかり合ったり、折り合いがつかなかったりすることも多々ありますが、それも協会と業界が成長していくうえで欠かせない要素だと思っています。




シンガーソングライターMiriam Clancy(ミリアム・クランシー) 2007年5月号<Vol.64>
デビューアルバム『Lucky One』には音楽に対する私の想いが集約されています。

Miriam Clancy
ミリアム・クランシー
シンガーソングライター

オークランド生まれ、フォックストン育ち。33歳。両親ともにミュージシャンで、幼少時から音楽に親しむ。16歳でバンド活動を開始。以後、さまざまなバンドに参加するほか、スタジオミュージシャンとしても経験を積む。2006年8月、ソロデビューアルバム『Lucky One』をリリース。同作品は、ニュージーランド・ヘラルド紙で「2006年のベスト・サウンド・オブ・ザ・イヤー」の1枚に選ばれた。音楽のジャンルはポップ、フォーク・ロック、オルタナティブ・カントリー。 Home Page : www.miriamclancy.com

キウイ・アーティストにとって、国内だけの活動では、マーケットが小さいために難しい部分もあります。しかし、実力あるミュージシャンは大勢いますから、国が一丸となってプロモーションをし、才能を発掘するのは素晴らしいことです。インディーズのイベントに行っても、「うわ~、すごい」って圧倒されるようなバンドやアーティストがたくさん登場しますよ。今後も多くのキウイ・ミュージシャンが国際的に羽ばたいていけるのではないでしょうか。私も自分の仕事のためには、ある程度、米国に拠点を移すことも考えています。私はこの国が大好きな、典型的なキウイ・ガールなので、なるべくニュージーランドを離れたくはないのですけどね。

歌手、女優Megan Alatini(メガン・アラティニ) 2007年6月号<Vol.65>
ダンス番組『Dancing with the Stars』に挑戦し て、踊る喜びと奥深い魅力に目覚めました。

Megan Alatini
メガン・アラティニ
歌手、女優

南アフリカ生まれ。11 歳の時、家族でニュージーランドに移住。1999年、世界的なヒット番組となった『アイドル』シリーズの先駆けであるTV2 のリアリティ・ショー『ポップスター』のオーディションに母親と妹の強力な奨めで応募。それをきっかけに5人組のガールズ・バンド「TrueBliss」のメンバーとしてデビュー。シングル『Tonight』はその年の最高売り上げを記録し、一躍、人気シンガーに。その後もドラマ『トライブ』、『ニュージーランド・アイドル』のジャッジなど、幅広く活躍している。大の和食党で、お気に入りのレストランはTanukiʼs Cave。好きな日本のミュージシャンは、オレンジレンジと平井堅。

『Dancing with the Stars』は、ニュージーランドのダンス界およびエンターテインメント業界の中から、真に才能と実力のあるスタッフを集めて制作されています。番組のクオリティが高いのはそのため。衣装にも凝っているし、ダンスを披露するスタジオのセットも豪華で、ダンス曲のライブ演奏を担当するバンドも優れたミュージシャンばかり。そんな中、美しいドレスを着て、ヘアメイクを整えてもらい、スポットライトを浴びて踊るのは、最高の気分。1週でも長く勝ち残って、1曲でも多く踊りたいですし、もっとダンスを習いたい。そのためには審査員と一般視聴者の方々からいいスコアをつけていただかなければならないので、ともかく練習第一!

ミュージシャンDave Dobbyn(デイヴ・ドビン) 2007年7月号<Vol.66>
ニュージーランド観光局のテーマソング『Waiting』を通して、この国の美しさを世界に伝えていきたいです。

Dave Dobbyn
デイヴ・ドビン
ミュージシャン

オークランド生まれ。1979 年にロックバンド「ThʼDudes」のギタリストとしてデビュー。『Walking in Light』、『Bliss』などで注目され、一躍、トップグループとなる。その後に結成したバンド「DD Smash」での活動を経て、85 年、ソロに転向。『Loyal』、『Beside You』、『Slice ofHeaven』、『Language』、『Welcome Home』などヒット作多数。2001 年のニュージーランド・ミュージック・アワードで「ライフタイム・アチーブメント賞」、2005 年と2006 年には「シンガーソングライター・オブ・ザ・イヤー」、「ベスト・男性ソロアーティスト」の各賞を受賞。今年のクリスマスもしくは来年早々にニューアルバムをリリースする予定。自身のレーベルを持ち、音楽プロデューサとしてほかのアーティストの作品も手懸けている。趣味はゴルフ、釣り、写真撮影。

僕の曲は長く聴き継がれる傾向にあるようで、3世代にわたって応援してくれるファンの方々も少なくないんです。例えば友人のニール・フィンと93年にレコーディングした『Language』は、当時よりも今のほうが高い評価を得ていますしね。僕は常に、人の心の琴線に触れるような、また、社会に何かを訴えるような音楽を生み出したいと考えています。同時に、ロマンティックな曲作りを心がけてもいますので、いつの時代にもマッチするのでしょうね。加えて、アメリカズ・カップ2003 年大会の公式ソングになった『Loyal』のように、さまざまなオフィシャル・イベントで採用されたことも大きいのかもしれません。




ホスピタリティー専門学校 NSIA 校長Otto Groen QSM(オットー・グローエン) 2007年8月号<Vol.67>
求人の多いホスピタリティ・ビジネスは、気配り上手な日本人に最適な業界。専門学校「NSIA」はニュージーランドで活躍する夢を叶えます。

Otto Groen QSM
オットー・グローエン
ホスピタリティー専門学校 NSIA 校長

オランダ生まれ。1952年にニュージーランドへ移住し、レストラン、食品貿易業、ホテルなど、ホスピタリティ業界で活躍。1968 年に初来日し、70年開催の日本万国博覧会でニュージーランドスタイルのレストランをプロデュース。アメリカを代表する放送局CBS の衛星ライブ中継で、米国全土に紹介されるほどの成功を収める。2004年にホスピタリティ専門学校「NSIA」を開校。05年に調理師資格コース、07 年にパティシエ資格コースをそれぞれスタートした。余暇は自宅近くのビーチで2 人の孫と遊ぶのが楽しみという。公式サイト http://www.nsia.ac.nz

僕は、ホスピタリティは世界最大の産業だと信じています。なぜなら誰でも食事をするし、旅に出かけるでしょう? ほとんどの人の生活に関係のあるビジネスなんですよ。こんなにいい業界は、ほかにはないんじゃないかな。世界経済の成長にともない、今後はもっと旅行者も増えるでしょうから、さらなる人材が求められることは間違いありません。僕がホスピタリティ産業を愛し続けているもうひとつの理由は、この仕事が人種や国籍に関係なく、人と人とを結びつけ、幸せにすることができるからなんです。おいしいものを食べたり、一流のサービスを受けたりした時、幸福感で満たされますよね。旅でも食事でも、結局は「人」が大事なんです。




バレリーナKatie Hurst-Saxton(ケイティ・ハースト=サックストン) 2007年9月号<Vol.68>
感性豊かにのびのびと踊る。それがロイヤル・ニュージーランド・バレエ団の スタイルです。

Katie Hurst-Saxton
ケイティ・ハースト=サックストン
バレリーナ

1985年クライストチャーチ生まれ。5歳からバレエを始め、12歳でインターナショナル・バレエ・アカデミーに入学。シャーリーン・ケネディとラッセル・ケルーに師事する。2002年にロイヤル・ニュージーランド・バレエ団に入団。その翌年には早くも公演でソロ・パートを任され、『マダム・バタフライ』でケイト役、『ドラキュラ』でルーシー・ウェステンラ役など、重要な役柄を多数務めている。ショッピングが大好きで、オークランドではハイストリートがお気に入り。公式サイト http://www.nzballet.org.nz

私にとってバレエの魅力は、まさにこの「舞台」にあると感じています。観客の前で自分の持っている力を最大限に披露し、その反応をダイレクトに受けることができる。そこがバレエの醍醐味なんです。セットや衣装、照明など、ステージを彩る要素は多々ありますが、バレエの公演ではやはりダンサーの技量が最もものをいいます。特にソロのパートでは観客の目が一点に自分に注がれるでしょう。そこで人々を唸らせるパフォーマンスを見せなくてはいけません。そのためには日々の積み重ねが大事。非常にやりがいがありますよね。また、歌詞や台詞を一切伴わないバレエには言葉の制約がなく、国際的であることもおもしろい点だと思います。

TV/ラジオ プレゼンターMary Lambie(マリー・ランビー) 2007年10月号<Vol.69>
充実していた日本暮らしの体験がリポーターの仕事にも活かされています。

Mary Lambie
マリー・ランビー
TV/ ラジオ プレゼンター

クライストチャーチ生まれ、ダニーデンおよびウェリントン育ち。ヴィクトリア大学でBA取得後、AUTでジャーナリズムを学ぶ。ハミルトンのラジオ局に勤務した後、1991 年から3年間、英語教師として日本で暮らす。帰国後はラジオのみならず、TV ONE『Good Morning』のホスト役など、テレビ業界でも活躍。パートナーのジム・モラもラジオ・プレゼンターで、ラジオ・ニュージーランドの午後のパーソナリティーを務めている。長女(5歳)、双子の長男・次女(3歳)の3児の母。今年7月、友人のデビー・マヨ=スミスとの共著による育児本『101Quick Tips for Surviving your Kids』(ペンギン社)を上梓した。大の和食党。

日本滞在中、ラジオ・ニュージーランドの特派員も務めていました。バブル期だったので、経済やビジネスのニュースをよく取り上げました。ほかには社会ネタとか地震など災害の速報とか。また、その頃のニュージーランドでは、日本の実情がよく知られていなかったため、日本人の習慣や私が体験したカルチャーショックのエピソードもリスナーに好評でした。日常生活の中からおもしろいトピックスを拾うリポーターとしての能力は、この時期に身についたように感じます。当初、私は1年間日本で暮らしたら、ニュージーランドに帰ろうと考えていました。ところがあまりにも居心地がいいので、気がついたら3年も経っていたという感じです

Aotea New Zealand Souvenirs 専属ファッションデザイナーBridget Morgan(ブリジット・モーガン) 2007年11月号<Vol.70>
ニュージーランドを誇れるアイテムを世界に伝えていきたい。

Bridget Morgan
ブリジット・モーガン
Aotea New Zealand Souvenirs 専属ファッションデザイナー

クライストチャーチ生まれ。大学でグラフィックデザイン専攻し、その後イタリアのデザイナーチームの一員として世界を10 年以上飛び回る。故郷クライストチャーチでトップデザイナーとして"Snowpeak"で7年働いた後、現在は土産店Aotea New Zealand Souvenirs グループの専属デザイナーを努めながら、ニュージーランド産天然素材100% というコンセプトの店"KOHA"のプロデュースを手がける。 日本食の大ファン。スキーのインストラクター免許も持つ大のアウトドア派。Aotea オンライン店: http://www.omiyage.co.nz

私が関わっているファションブランドの広告やポスターを見ていただくと一目瞭然なんですが、「自然」と触れ合っている写真が多いでしょ。私自身が大の自然派で、アウトドアも大好きだからなんです。実はデザイナーとして本格的に働く前、スキーのインストトラクターとして日本に滞在していた事があるんですよ!盛岡に2か月住んでいました。日本人に必ず「どうして東北?」って聞かれるんです。でも「スキーのインストラクターとして」と答えると決まって「なるほど」って納得されるんです。全く違う文化に触れて、まるで他の惑星にいるみたいな気分でした。美しい自然の中、体で日本語や日本文化を学ぶ事は本当に楽しかったです。

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