Vol.72 Career up in NZ 総集編


Career Up in NZ はニュージーランドで仕事をして活躍されている日本人を追い続ける企画です。2002年の創刊当時はビジネスの第一線で活躍する人日本人を探し出すのに苦労したこともありました。しかしながら、ここ2~3年は編集部がこの業界で日本人はいないか?と探しはじめると、必ずと言っていいくらいその業界に関わる日本人に出会うことができるようになりました。ニュージーランド社会のあらゆる場面に日本人が入り込むようになってきたのです。ここに紹介する49人の方々は日本での経験をそのままニュージーランドで活かした方というよりも、ニュージーランドでゼロから起業した、もしくは、初めてその業界に入ったという方のほうが多いことには驚かされます。ちなみに、イーキューブのウェブ(www.ecube.co.nz)で最も読まれる記事トップ5はドッググルーマー、ネイリスト、アロマセラピスト、ウェディングプランナー、ボートビルダーです。(肩書きやプロフィールは取材時のものです)

アクティブイメージ

2004年1月号<Vol.25>
銀行のカスタマーサービスは将来へ向けてのファースト・ステップ。

ヴィンセント ひとみさん
バンクオフィサー
ASB BANK オークランド支店

1968 年生まれ。宮崎県出身。中学生の時のアメリカでのホームスティがキッカケで英語に興味を持ち、高校卒業後はアメリカへ留学、約5年間を過ごす。日本ではリゾートホテルや英語学校などで英語を使う機会はあったが、納得の量ではなかった。30 歳でNZ のワーキングホリディに来る。フラットメイトの友達として旦那さんに出会い結婚。その3年後、再び社会に出ようとASB 銀行で働き始める。

この銀行のカスタマーサービスはNZ の社会で仕事をする上では入門コースみたいなもの。それは広く門戸が開かれているからです。ここでは高校を卒業したばかりの人から、子持ちの人まで幅広く人材を確保しており、皆だいたい一年半から二年で辞めて昇進試験を受けるか、転職していきます。私も将来的には、現在のポジションに留まることなく、次のステップに進みたいと思っています。




アクティブイメージ

2004年2月号<Vol.26>
ツアーガイドはエンターテイナーでありまず「人が好き」であること。

葉子 コーフォード さん
ツアーガイド

島根県出身。まだワーキングホリデービザがなかった1972 年に初めてNZ に来る。帰国後、英語習得を考え78 年に再びNZ へ。旅行会社の人からもらった急な電話がキッカケでツアーガイドの道に進む。やがて観光のガイドだけでなく、日本からの視察や研修のツアーで通訳を兼ねるガイド業務もこなすようになり、行政機関、学校、農場、福祉施設などを多数訪れる。現在も現役ガイドとして活躍中。

ツアーガイドの仕事は「人間が好きな人」に向いています。時間や気苦労を考えるとお金で割り切れないことが多々あります。そういった苦しい状況でもお客さんを楽しませるには、やはり自分が幸せでなければいけから。なので、そういった考えを持っている人がツアーガイドになっていくのは素晴らしいですし、私自身もこれからも気負わずに、ガイドを楽しんでいきたいです。




アクティブイメージ

2004年3月号<Vol.27>
セラピューティックマッサージと医療通訳の2つに共通する「聞く」ということ。

佐藤 裕美 さん
セラピューティックマッサージと
医療通訳

清泉女子大学卒業後、旅行会社で働く。NZ政府観光局の人と知り合い89 年にワナカへワーキングホリディで渡航。97年頃からスノーボーダーが増え、ケガ人も続出したため、冬季に医療現場での通訳を開始。理学療法士への興味からセラピックマッサージの道へ進み、現在はクライストチャーチの自宅で開業。同時に医療通訳のYs communication serviceltd を運営、代替医療と医療通訳の二つの現場で活躍中。

セラピューティックマッサージで得た体の仕組みの知識は医療通訳の現場でも非常に役に立っています。また両者とも患者さんの話をよく聞くということで共通しています。患者さんの話をよく聞き、マッサージを施す。患者さんの話をよく聞き、ドクターに伝える。私はこの二つの医療の現場で今後も聞き上手になっていこうと思っています。



アクティブイメージ

2004年4月号<Vol.28>
未経験の映画業界への進出も可能な国、ニュージーランド。

未紀 ジェイムズ さん
映画制作会社アシスタント

1974 年生まれ。香川県出身。高校卒業後、カナダへ留学、語学学校を経て大学の言語学科に進む。卒業後はバンクーバーの運輸会社に勤務。その後、日本、フランス、オーストラリアなどを渡り歩く。オーストラリア人スキッパーの夫の仕事探しのためにニュージーランドには02 年にワーキングホリデービザで来る。その後、『ラスト・サムライ』のプロダクションアシスタントの職を得る。

映画のプロダクション会社は通常、撮影のために設立され、撮影終了と共に閉められます。しかし、大勢と1つの映画を作る楽しさを垣間見ることができました。NZ では、その業界が未経験でもチャレンジでき、さらにそこから次のステップに進むことも可能です。『ラスト・サムライ』以降は撮影の誘致による経済効果が注目され、あらゆる撮影の機会そして雇用も増えているのです。




アクティブイメージ

2004年5月号<Vol.29>
オークランド大学の精神神経免疫学 研究は、大学内外の壁を取り払う柔軟な発想から生まれている。

玉川 りえ さん
精神神経免疫学研究生

東京都出身。日本で入学した高校に帰国子女や海外留学生が多くいたため、海外の生活に憧れ、高校2年生の時にクライストチャーチの高校へ留学、その後、カンタベリー大学に進み心理学と中国語を専攻する。在学中に精神神経免疫学という分野に出会い、オークランド大学院の修士課程に進む。04 年の2月より博士課程に進みこの分野での研究者を目指している。

私の精神神経免疫学の研究室の論文は、世界的に進んだ位置にある1つと言われ、その理由の一つがこの国の柔軟な考え方にあります。論文は、世界中の研究者、教育者が読みますから完璧を要求され、明確で、豊かで、かつシンプルで綺麗な英語を使っていくことが重要です。将来的に研究者としてひとり立ちするためにも不可欠ですので、忍耐強く自分への課題に取り組みたいです。



アクティブイメージ

2004年6月号<Vol.30>
ミッドワイフ主導のニュージーランドの出産は母親たちが勝ち取ったもの。

金 美江 さん
ミッドワイフ

1972 年生まれ。大阪府出身。学生時代より海外生活に憧れを持ち続け、助産婦になった後にそれを実現するためNZへ3ヶ月の語学留学に来る。一旦帰国して IELTS アカデミック6.5 を取得し、外国人用の看護補習コースを経てNZ で看護士、そして助産婦になる。現在はこれから親になる日本人のための両親学級を計画中。

NZ では助産婦に大きな責任と権限が与えられており、独立している助産婦でも病院の施設を使うことができ、病院スタッフはそれをサポートします。NZ の母親が助産婦システムを勝ち取ったように、今度は日本の母親が日本語版小冊子を勝ち取るために声を出す時です。こういった病院外での活動も通して、1人でも多くの人がいいお産ができるようにしていきたいと思っています。




アクティブイメージ

2004年7月号<Vol.31>
テレビのコマーシャルを割り振りすることはクライアントと視聴者の気持ちを結ぶこと。

佐藤 文 さん
テレビ局員

1979 年生まれ。東京都出身。日本で高校入学直後すぐにNZ の高校へ留学。その後AUT のビジネスコースに進む。大学4年の時にオーストラリアの広告代理店へインターンシップで行く。スカイテレビの面接では、5年後の自分の目標は?自分の上司にはどんなマネージメントを期待する?などの質問の他に、深夜のアダルトプログラムに対して抵抗はないか?という独特の質問もあったという。

就職活動では、学生ビザがネックでなかなか採用が決まりませんでした。ここで最後、雇用契約を結ぶ時ビザの話が出ましたが「オファーだけくれれば、自分で済ませます」と言い切ったところ、相手は「あっ、そう」といった感じであっさり書類をくれたのです。物事に臨機応変であるという自分の長所を強調しました。NZ の会社は私のような新参者の意見にも耳を傾けてくれます。




アクティブイメージ

2004年8月<Vol.32>
言葉で伝えられたイメージを形にするインテリアデザイナー

松田 有加子 さん
インテリアデザイナー

大阪府出身。高校の頃よりデザインに興味を持つ。短大卒業後、インテリアデザインの専門学校に通い、プロダクトデザインの会社に入る。その後、日本の忙しい生活を辞め、94 年にNZ に来る。2000 年に自らのデザイン会社を設立し様々な店舗や家のデザインを手がける。現在はNZ の建築士の資格を取るためユニテックに通う。将来的にはNZ をベースに日本やオーストラリアにも仕事を広げる予定。

子育ても一段落し、もう一度社会に出たいと思いデザイン会社を設立しました。今さらという気持ちはありましたが、チャレンジすることにしたのです。アメリカズカップで産業が急速に発展するようになり、モノの種類、店舗やショールームの数も急激に増えていきました。競争も生まれ、コストも下がってきました。最近では、これらはなおいっそう改善されてきています。




アクティブイメージ

2004年9月<Vol.33>
アメリカズカップで証明されたNZ のボート製造技術のクオリティに挑戦。

布施 弘太郎 さん
ボートビルダー

1970 年生まれ。神奈川県出身。尾道海洋技術専門学校卒業後、ヤナセのマリン部で働く。ボートビルダーを志し、97 年にワーキングホリディでNZに渡航。当初は英語が苦手であったが、アルバイトで働いたフレンチレストランで克服。その後、現会社への採用が決まり、ペイント部門を経てボートビルダーになる。今でもケーキ作りは得意であるという。

一度下見で来た工場を訪ねました。すると工場の中はカラッポでした。どうやら倒産したみたいで、来てすぐにアテが外れてしまったのです。しかし、落胆している時間はありません。ボートの会社に片っ端から押しかけました。英語がぜんぜんでしたが「自分はこの国にボートを作りに来た、これをやらなきゃ帰れない、掃除でもいいからやらせてくれ」とアピールしました。




アクティブイメージ

2004年10月号<Vol.34>
NZ の素材を活かすランドスケープデザインで日本を演出したい。

山本 祐輔 さん
造園デザイナー

1972 年生まれ。徳島県出身。中央大学商学部卒後、水産会社に勤務。97 年にNZ に夫婦で渡航。NZ でも水産会社に勤務、永住権を取得。その後ランドスケープ・デザイナーになるべく2年間ユニテックに通う。現在はランドスケープのデザインと施工の会社に所属。いずれは独立を目指している祐輔さんの、デザイナーとしての個人の名刺はLandscapedesign の文字が読みにくくしてあり、これも遊び心だという。

自分がどんな道に進みたいかはまだ決まっていませんでした。乱暴な言い方をすれば「何でもいい」という気持ちもありました。ただ、言い換えれば、その時点ではすべての方向に可能性があると思っていました。「ランドスケープコースに進みたいのだけど」と言った私に対するキウイからの「それならNZ には仕事がいっぱいあるよ」という反応から、この道に決定しました。




アクティブイメージ

2004年11月号<Vol.35>
NZ の変化に富んだ気候、地形はパイロット養成には最適な環境。

浦 誠 さん
ヘリコプターパイロット
インストラクター

1972 年生まれ。駒沢大学経済学部卒。96 年3月、NZ へ渡航。大学卒業後、2 年間土産店で働く。一年間クイーンズタウン、その後クライストチャーチへ。ワークビザ延長で合計3年半その店で過ごす。その間に永住権取得。その後日本とNZを行ったり来たりしながらヘリコプター免許を取得。2003 年よりクライストチャーチヘリコプターズで働く。現在インストラクターとしてフライトしている。

NZ には約500 機ヘリコプターがあり人口に対するヘリコプターの数では世界一。といっても航空業界は、日本でもNZでも就職状況は厳しい。最初はパイロットでなくても何とかヘリコプターに関係した仕事をしていることでチャンスが出てきます。多少時間がかかっても、積極的な姿勢が大切です。それ以外にコンピューターが得意とか、観光客を連れて来れる営業能力などはとても有利です。




アクティブイメージ

2004年12月号<Vol.36>
スクーバダイビングのおもしろさや他では味わえない感覚を伝えていきたい。

小野寺 由季絵 さん
スクーバダイビング
インストラクター

1980 年3月19 日。埼玉県出身。東京教育専門学校 幼稚園教諭、保育士養成学科卒業。02 年伊豆で初めてスキューバダイビングをして以来、ニュージーランド、オーストラリアをはじめとする世界の海を潜る。ライセンス取得当初、浮力のコントロールなどのスキルが苦手で何度も練習したこともあったことから初心者へのアドバイスには定評がある。この国唯一の女性日本人インストラクター。

「無償で何でもします」と交渉を続け、そしてプールの仕事を手伝う許可をいただきました。そしてエクスチェンジになりインストラクターの仕事を間近で見る機会が増えたのです。その後インストラクターとして働かないか?と声が掛かりましたが、マスターではなくアドヴァンスダイバーだった私は不安でした。しかし、声が大きく世話好きだしこの仕事に向いてるよと言ってくれたのでした。




アクティブイメージ

2005年1月号<Vol.37>
かしこい政府機関の利用法。

柴田 あゆみ さん
NPO 職員

仙台出身。1996 年ワーキングホリデーでNZ に来る。1年経つ頃、石鹸工場でジョブオファーをもらい、ワークビザを取得。そして、1998 年永住権を得る。小学校の図書館やセラミックハンドペインターなどの職歴を重ね、2004 年7月よりNZ Ethnic Social Services Trust で政府機関と協力体制を取りながらいろいろなサポートを行う。日本人の要望が多くあれば、日本人のためのコース開催なども検討している。

海外に住むということはそこでの自分の権利や義務についても勉強していかなければいけません。それを知らないと思いもしないトラブルに巻き込まれる危険性もあるのです。日本人が困っているという状況があれば、それを国に知らせないことには生活が良くなりません。みなさんも困っていることがあったらそれについて真剣に考え、自分の権利を主張してください。




アクティブイメージ

2005年2月号<Vol.38>
西欧料理の中に日本料理の繊細さを加え、独自の世界を表現していきたい。

金 浩二 さん
シェフ

1972 年産まれ。大阪府大阪市出身。 1998 年8月にワークビザを取得しNZ へ。NZ でのリラックスした生活スタイルが気に入り、2001 年ヒルトン在籍中に永住権を取得。2004 NZ culinary far サーモンの部門で優勝するなど、プロフェッショナルな仕事ぶりは業界で高い評価を得ている。現在は個人でもケータリングを請け負うなど、活躍の場をますます広げつつある。

日本のレストランを経営者が、NZにもレストランをオープンさせるに当たってのスタッフ募集でした。その時はNZがどこなのかも知りませんでしたが、チャレンジだと思いすぐに応募しました。英語環境の職場では指示が理解できず大変でしたが、その都度簡単な単語に言い換えて説明してもらうなどして、理解できるまで聞き返しました。いつでも挑戦し続け自分のスタイルを確立し、NZ 人の柔軟な発想に学びたいと思っています。




アクティブイメージ

2005年3月号<Vol.39>
庭いじりの楽しさを出来るだけ多くの人に知ってもらいたい。

鈴木 洋平 さん
造園デザイナー

1978 年生まれ。神奈川県藤沢市出身。 2003 年11 月にNZ へ渡航、現在はワークビザにて滞在。自宅の家庭菜園でトマトやブロッコリーなどを育てているが、鳥の攻撃から野菜を守るためにかかしを作ったりネットを張ったりと、日々奮闘している。休みの日はそこで取れた野菜を使って得意のピザを作ったりしている。

見た目や手入れのしやすさばかりを考えた人工的な庭ではなく、植物があるべき姿で生育できる、植物のサイクルまでを考えたより自然な感じの、人間と植物が共存できるような庭を造りたいです。そして、その庭の持ち主が楽しんで庭いじりをできるような庭を造りたいと思っています。手間をかけて手入れをすればその分だけ庭は必ず応えてくれ、人の心を癒すことさえできるものです。そんな庭いじりの楽しさを多くの人に知ってもらいたいです。




アクティブイメージ

2005年4月号<Vol.40>
ハンティングはスポーツです。

結城 将輝 さん
ハンティング・ガイド・
コーディネーター 

北海道出身。奥さんのワーキングホリデーに同行しNZ に来たことから、仕事を得て、この国を行き来するようになる。その後、2000 年ワークビザでクライストチャーチに家族で移住。アクティビティ紹介のひとつとしてハンティングに関わることになり、2003 年9月独立し、留学( 高校留学) とアクティビティ(乗馬、ハンティング、フィッシング)の紹介、個人旅行の手配などを行うAloft Planning を設立。

残酷、危険というイメージのハンティングも、規則を守り銃を丁寧に扱えば決して危険ではなく、そして残酷でもないということを理解してもらえると思っています。負のイメージを正に変えるのは難しいかもしれませんが、残された自然を守っていく上でも、そして動物を大切に扱うという心を持ってもらうためにも、機会があれば若い人にハンティングをやってもらいらいと考えています。 

アクティブイメージ

2005年5月号<Vol.41>
ここで学んだことすべては私の貴重な財産です。

浜村 裕之 さん
ラグビービデオアナリスト

1971 年生まれ。中学でラグビーを始め、高校、大学ともにスクラムハーフのポジションでチームに貢献。ヤマハ発動機( 株) で6年間選手として活躍後テクニカルコーチに従事。 2003 年7月、同社よりNPC ノースハーバーへビデオアナリストとして派遣される。翌年にはスーパー12 でオークランド・ブルースにも関わる。そこでの仕事が評価され、今シーズンからは両チームと直接契約を結ぶ。将来は日本ラグビーを世界トップレベルへ導くべく、コーチングスキルを鍛錬中。

日本のラグビーを世界で通用するレベルへ持っていきたい。日本では時間的な問題からチーム練習が主体で、個人レベルでの練習にまで及ばないのが現状です。NZのようにプロのラグビープレイヤーとして練習に専念するのは無理ですが、日本では環境に合せた練習プログラムを考え、個人のレベルアップに繋がるよう時間配分を工夫したいです。結果、それがチーム全体の強化になるのです。

アクティブイメージ

2005年6月号<Vol.42>
旅行も挙式も留学も永住視察も他では出来ないオリジナル

スローン 令子 さん
ツアーコーディネーター

武蔵野美術短期大学テキスタイルデザイン課卒業後、北欧に短期アート留学。その後ウインドウディスプレイの仕事に専念。88 年ワーキングホリデーにてNZへ。NZ、オーストラリア、日本で観光関係の仕事を経験。96 年オリジナルツアー、ウエディング、留学手配等を扱う会社を設立。クライストチャーチの語学学校サザンイングリッシュクルーズの日本人カウンセラーも兼任している。

この国で挙式を挙げると旅費を入れても安くでき、日本でも流行のガーデン挙式など、この国のウエディングはお客様自ら自由に演出できます。リーガル、人前式、教会、チャペル、ホテル、ガーデン、邸宅、高級ホテル、モーテル、 B&B、マナハウスなどの自由に選べますし、何と言っても、緑や花々に囲まれた日本では体験することのできないゆったりした挙式を挙げることができます。

アクティブイメージ

2005年7月号<Vol.43>
グルーマーが不足しているNZ ではグルーマーとして活躍する絶好のチャンスです。

片桐 貴子 さん
ドッググルーマー

1972 年生まれ。大阪府和泉市出身。日本でグルーミングスクール卒業後、アメリカでのグルーマー見習い経験を経て2003 年3月ワーキングホリデー制度を利用してNZ に渡航。オネハンガのペットショップでグルーマー業務を一手に任されている。

NZのグルーマーは需要高にもかかわらず、大幅に不足しているのが現状です。NZにはグルーミングスクールがなく、多くのグルーマーは、育成システムの整わない海外のスクールや個人のグルーマーから学び、一般的に彼らはグルーミングに関する知識が不足しがちで、技術的にも日本のグルーミングスクールの卒業生に比べるとはるかに劣ります。ですので、日本のグルーミングスクールで学んだ、丁寧で正確なカットができる人材はどのサロンでも重宝され、またグルーマーとしてこの国で活躍するまたとないチャンスなのです。




アクティブイメージ

2005年9月号<Vol.44>
貪欲に知識を吸収し将来に向けて確実にステップアップ。

新家 愛子 さん
バンクオフィサー

1975 年生まれ。愛知県西尾市出身。1994 年語学留学のためNZ へ渡航。2003 年AUT のビジネス・ディプロマコース終了後はナショナルバンクへ就職。夜間はAUT の会計学修士課程に通っている。多忙な生活ではあるが、週末は極力、今年5 歳になったばかりの愛息子の昇大(しょうた)君と過ごしている。

仕事をする中で改めて驚いたことは、日本人はNZ でも日本と同じようなサービスを求めがちです。NZ では、日本のような「至れり尽くせり」のサービスは提供されません。日本では当たり前に行われているサービスでも、NZ ではセキュリティーや会社のポリシー的な問題から不可能なことも多いのです。一切合切を日本人スタッフに頼 らず、少し難しくても自分で解決していく過程で、身に付くことはたくさんあります。そのためのお手伝いなら、いつでも喜 んでしたいと思っています。




アクティブイメージ

2005年10月号<Vol.45>
笑顔も涙も、すべてを楽しめる人でありたい。「いい経験したな」って、16 年前に思ったように・・・。

小沢 康子 さん
オペア斡旋業

1964 年新潟県生まれ。短大の経済科を卒業後、大手旅行会社に就職。1989 年ワーキングホリデーでNZ に渡航し、オペアを体験。帰国後は就職し、結婚。 1994 年に長男、1998 年に次男を出産する。2001 年に家族でNZ に移住。趣味はお菓子作りとゴルフ。2002 年ピュアホリデイとして本格的にオペア斡旋業を開始。 ピュアホリデイの代表として自身の経験を活かしオペアのお世話を楽しんでいる。

充実したオペア生活にするためにまず大切なことは、「何のためにNZ に来たか」「オペア生活で何を得たいか」という目的をしっかり持つことだと思います。現地の人たちと仲良くなりたい、かわいい子供と遊びたい、英語力をのばしたい、NZ 料理を覚えたい、など何でもよいと思います。その姿勢は出会う人たちに伝わりますし、達成できれば満足した気持ちでオペアを終えることが出来るでしょう。




アクティブイメージ

2005年11月号<Vol.46>
安らぎを求めてさ迷い続ける人々。

菅谷 陽子 さん
バーテンダー

専門学校を卒業した後、企業でコンピュータ・プログラマーとして働き、夜はバーテンダーとしても働く。26 歳の時、「全国区レディースバーテンダー大会」で銅賞を受賞。2001 年ワーキングホリデーでNZ へ来て直ぐ、日本食レストランでバーテンダーとして働き始める。2004 年リカーライセンスを取得。現在、ポンソンビー通りにある「Gyoza King」でバーテンダー(バー・マネジャー)として働いている。

バーテンダーは主役になることはできません。お客様に主役になって頂くのがバーです。夢はNZ に自分のバーを持つこと。NZ 人が『なんだこれ』って思うようなバーを作りたいですね。日本なら、裏道にある看板のないバーのような。飲食が発展している国は、文化も発展しています。NZ は本に載るレストランに人が集まるのが現状ですが、料理に合ったお酒を楽しめるバーが作りたいですね。




アクティブイメージ

2005年12月号<Vol.47>
このお仕事が長続きしている理由は、トレリスの哲学が好きだからです。

松田 法子 さん
ブランドショップマネジャー

1971 年生まれ。NZ 有名ブランド・トレリス・クーパーで働き始めてから5年。現在、NZ セレブを顧客に持つパーネル店でマネジャーとして働く。トレリスはチャリティのファッションショーが多く、そこではモデルの経験も。モデルがしてはいけない3つ「ジャケットを脱いで下の服を披露しない」「食べ物を口に入れてショーにでない」「友達に手を振る」をしてしまったとニッコリ笑う法子さん。

ここで働いていた5年間、もちろん良いことばかりではありませんが長続きしている理由は、トレリスの哲学や価値観が好きだからです。彼女はお店を経営する上で、お金よりも、女性らしい感覚でビジネスをしています。スタッフを選ぶ時もセールスのスキルで選ぶのではなくて、お客様に優しくできる人を選び、彼女自身がお客様の立場を考えて接客を行うことを一番大切に思っています。




アクティブイメージ

2006年1月号<Vol.48>
クリスマスは、SNS があなたの家族です!

斉郷 由紀
バックパッカーオーナー

1972 年、東京生まれ。短大卒業後、NZ で1 年間、語学留学。テレビ局で勤務した後、オーストラリア、カナダ、NZ でワーホリ&バッパー生活を堪能、いわばワーホリのプロ。2003 年Surf 'N' Snow Backpackers を設立。「バッパー経営」というひとつの夢を実現させ、現在は「ここに来ると楽しいことがある」というようなバッパーを作ることに向かっている。

サーフンスノーは、NZ での日本人のオアシスを目指します!ワーホリの方は、何か学びたい、何か経験したいが、どうしたら分からない方が多いようです。自分のワーホリ経験を活かし、アドバイスや情報を提供してあげたいですね。そして、旅行やファームステイ後はまたここに来てもらい『どうだった?』と話を聞き、私も勉強させてもらいます。他の人達にもその話を教えたりして、みんなの情報交換の場所になればいいと思っています。




アクティブイメージ

2006年2月号<Vol.49>
憧れの地・オークランドでウエディング

荒川 千明 さん
ウエディングコーディネーター

日本でのアナウンサー、ナレーターの経験をもとに、日本およびNZ で数多くの結婚式の司会とプランニングに携わる。日本全国BMC 公認司会者としての認定(第69 号)取得。1988 年オフィス・アミカルを設立。その後NZ に本社を移す。オークランドを拠点にたった一つのテーラーメイドウエディングをモットーにウエディングのコーディネートを手掛ける。NZ のジャパンデーの司会者としても活躍。

アミカルの教会ウエディングはNZ のキリスト教精神の元で行われるものなので、NZ 合法の結婚 証明書が取得でき、日本の市役所で結婚届提出する時にこれを添付するとNZ で結婚したこ とが日本の戸籍に記されます。オークランドでウエディングをされる方は、お二人の出会った地であったり、留学の地であったり、ワーキングホリデーの地であったり一番の思い出の地がここだという方が殆どです。




アクティブイメージ

2006年3月号<Vol.50>
自分の能力を信じるということが大事なのかもしれません。

久美 フリットマン さん
ヘラルド新聞社アカウント

短大時に交換留学プログラムでNZ へ初めて渡航。地方銀行勤務。窓口と出納を担当。NZ 旅行で文通をしていたパトリシアに再開。再びワーホリでNZ へ。カフェでウエイトレス、その後日本語ティーチャーとして働く。結婚しNZ 永住。販売、スカイシティのカスタマーサービスの仕事を経て、現在 NZ ヘラルド新聞社に勤務。NZ のローカル企業で働く時のポイントは、分からないことは聞き直すこと。

ヘラルドで働く夫の母からヘラルドの求人募集があるのを聞き、応募したのがきっかけでした。ここでの採用の可能性は誰にでもあると思います。ただ、私もそうですが日本人はやはりアピールが上手くないようには思います。NZ では謙遜するのではなく、自分の価値を高く売るためにアピールすることが大事だと思います。ですので、自分の能力を信じるというのが大事なのかもしれません。




アクティブイメージ

2006年4月号<Vol.51>
近年、ラグビーは男性だけの閉鎖された世界から、女性も入れるオープンな世界へと変化したようです。

萩野谷(ターナー) 三千枝 さん
ラグビーウェアショップ

東京都出身。衛生短大看護学校卒。保健師学校卒。保健師の資格を取得。東京ガスで保健師として勤務し、その後保健所で働く。1985 年にNZ へ渡航。免税店やその他の小売店でのショップアシスタント職を経て、15 年前にChampions of theWorld の前身Canterbury に転職。現在は、ワイヘキ島に住みパートでChampions of the World で仕事をする。お年寄りのためのボランティア活動も空いた時間で行っている。

以前は女性用商品がなかったので、私も男性用を着ていました。現在はちゃんと女性用があります。2003 年のワールドカップの頃から女性ラグビーファンが増加し、同時に女性向け商品が増えました。昨年からラグビーガールの商品の販売がスタート。NZ は女性のラグビーでも世界一で、自信を持ってプレイしている女性プレイヤーが増えてきています。また家族でラグビー観戦する人も増えました。




アクティブイメージ

2006年5月号<Vol.52>
運だけでここまで来ました。

野口 さとこ さん
就職・留学フェア企画

短大の服飾科在学中からイベントサークルで活躍。その後カナダ、オーストラリア、NZ の3カ国のワーホリ制覇。イタリア、スイス、ドイツ、ルクセンブルク、フランス、スペイン、ポルトガル、イギリスを回った8ヶ月は人生で一番楽しかった旅。日本で呉服屋のイベント企画を担当時には、オーストリアへ行き5千人が集まる公式武道会に振袖で参加。1999 年にNZ 渡航し、2005 年Kiwi Friend を設立。

3ヶ月だけNZに滞在するつもりが、それが現在に至ってしまいました。NZ に到着日に出会った人からツアーガイドの仕事を紹介され、次に留学エージェントに就職。それも友人の紹介で、そこの社長に『これまでろくに就職活動もせずに来れたのは、最強の運の持ち主だ』と運を認められ、採用に至りました。入社直後から商品企画等をし、同留学エージェントで5年間働きました。




アクティブイメージ

2006年6月号<Vol.53>
自然が豊富なニュージーランドだから、アロマ留学をし、アロマセラピストになりました!

中川 まゆみ さん
アロマセラピスト

兵庫県出身。武庫川女子短大卒。オーストラリアへワーホリ後、アロマセラピーのスクールに通う。2002 年日本ブライダルセンター(Anubis)で働く。2004 年日本アロマテラピー協会主催アロマテラピー検定1級とアロマテラピー・アドバイザー試験合格。2004 年NZ へ。2005 年Wellpark College of Natural Therapies にてDiploma ofAromatherapy コース卒業。現在アロマセラピー専門店extracts でアロマセラピストとして働く。

化粧品の作り方はとても簡単ですし、自分で作ると何が入っているのかが分り、敏感肌の方など自分の肌質に合ったエッセンシャルオイルを入れることによって、自分に合った肌に優しい化粧品、オリジナルナチュラルコスメが作れますし、自然化粧品を選ぶヒントにもなります。市販の化粧品には、大抵保存剤や着色剤などの薬品が 入っていて、当然肌には良くありません。




アクティブイメージ

2006年7月号<Vol.54>
娘たちの成長に合わせて、ネイルサロンのお店で働いたり、経営するのが夢です。

ちか クルックス さん
ネイリスト

東京都出身。神田外語専門学校の国際ガイド科卒業。89 年にオーストラリアへワーホリで渡航。JTB のツアーデスクで働く。91 年にNZ へ。JTB 勤務。 92 年に結婚。出産と同時に仕事を辞め、専業主婦をする。95 年長女・ティナさんを出産。97 年次女・美月さんを出産。03 年ネイリストの資格を取得し、現在、ノースショアの自宅の一角でネイルのサロンワークを手掛ける。

子 供が学校へ行っている間や夜、子供が寝た後など空いた時間にできるので、最近はネイルチップ(付け爪)作りをよく受注しています。お客様に来て 頂いて採寸をし、デザインを相談して、2週間でネイルチップを作ります。子供たちがもう少し大きくなったらサロンで働いて、NZ ではアートがあまり流行っていないのでネイルアートを広めたいですね。そしてその後はネイルサロンのお店をオープンしたいです。




アクティブイメージ

2006年8月<Vol.55>
JFC は世界のネットワークを活用し、皆様に良心的な価格で良質の日本食品をお届けします!

小西 清孝さん
日本食材セールスマン

光通商株式会社、(有)ケイアンドエス牧場サービス(乳牛、肉牛用発酵飼料製造、販売)を経て、NZ へ家族6人で渡航。入国した時は、トランク4個と、リュックサック4個だけで来たという。現在、JFC ニュージーランド勤務。2男2女2猫(会社の前で拾った)の父。

オーストラリアの最初の回転寿司店の立ち上げにもJFC が関わりました。JFCNZ には回転寿司経営のノウハウやネットワークがあります。市場的にも、オークランドの人口とブリスベンとゴールドコーストの人口は大体同じくらいで市場の大きさも十分です。人材の手配も全てご協力できますので、回転寿司屋の経営にご興味のある方は是非ともご連絡ください。そして回転寿司の楽しみを経営者の方と一緒に皆様にご提供ができればと思っています。世界中にJFC の支店があるのでいつかは他の大陸で働いてみたいですね。




アクティブイメージ

2006年9月<Vol.56>
ちょっとした勇気。それが、夢を叶えるための第一歩です。

一色 良子さん
不動産会社オーナー

1961 年生まれ。大阪女学院短期大学英語科卒。石油会社での4年間勤務後、カリフォルニア州立大学へ留学。帰国後、商社に勤務。英語力を活かしたく、ツアーコンダクターへと転職。約10 年間の勤務中、添乗で訪れたNZに魅せられ1996年、移住。自らをNZライフコーディネーターと称し留学・移住者の生活サポートをしながら、現在は、不動産コンサルタントとして夫と共に、Harcourts Mt.Eden OCI Realyty Ltd. を経営。

資金も資産もない場合は、フラットを借りた方がよいでしょう。でもNZ は比較的資金が少なくして不動産購入し易いのが利点。購入価格10%の頭金の用意と収入証明をできれば、不動産購入のチャンスが。頭金ゼロでも、資産の証明が可能なら、ノンバンクローン会社からの融資も可能です。賃貸週200 ドル払い続けるより、ワンルームなどの小額物件を購入された方が、将来的に快適かと思います。




アクティブイメージ

2006年10月号<Vol.57>
ニュージーランドのコメディ業界では、今の自分は2 ツ目です。

中辻 拓志さん
コメディアン

大学では落研に所属。アメリカに演劇留学。 1999 年と2000 年にBethany College DramaScholarship、2000 年ドラマテスト・オブ・ザ・イヤーを獲得。2003 年NZ 渡航。2005 年コメディ・フェスティバルで最優秀新人賞受賞。NZ コメディ協会の新人賞ベスト4 入り。芸能プロダクションTsunami Talent に所属。奥様はKiwi で、ミドルモア病院のDr・ナカツジ先生。

ぼくは、お金や名声には興味がなくて、芸の道というのが好きなんです。だからコメディをもっと極めたい。こんな風に笑いで、偏見を無くしたり、アジア人のイメージ向上ができればと思っています。目標は、NZ をベースに、オーストラリアとイギリスなどに海外進出。究極の目標は、カナダのモントリオールで行われているコメディのオリンピックと言われる大会『Just for Laughs tival』に出ることです。




アクティブイメージ

2006年11月号<Vol.58>
ラグジュアリーホテル『スタンフォード』のロビーに足を一歩踏み入れると、別世界が広がります。

有香 ヘイさん
ホテル リザベーション・レベニュー・マネジャー

神奈川県出身。短大英語学科卒業後、2年半 NZ で留学。日本に帰国後、インターコンチネンタルホテル( 横浜) で受付として働く。再度 NZ 渡航。オークランドのシェラトンホテルに就職。受付と予約を担当。2005 年、スタンフォードに転職。現在5歳になるお子様のお母様。旅行を満喫するためのワンポイントアドバイスは、ホテルのコンシェルジェを上手く利用すること。

ホテルでは色んなハプニングがあります。例えば、窃盗。団体客の荷物から財布を取るとか。ただ、セキュリティカメラには情報が残っているので、ホテル内では知らされます。子供が暴れて壁を壊すこともありますね。ホテルのポーターが日本の女子高生の団体によって部屋に閉じ込められたなんてことも。日々ドラマのようですが、お客様からのサンキューの一言。これを聞くだけで続けていけるのです。




アクティブイメージ

2006年12月号<Vol.59>
『レーシック』という目の手術で視力が回復して今もハッピーな私自身の経験。それが、患者さんへの心のケアに繋がっています。

岸本 京美さん
総合眼科EYE INSTITUTE
テクニシャン

高校卒業後、テレビのブラウン管製造会社に就職。1991 年に短期留学ではじめてNZ に来る。1992 年ワーキングホリデーメーカーとしてNZ に再度渡航し、NZ 生活を満喫。1995 年からロトルアで7 年間働く。2003 年、オークランドの総合眼科EYE INSTITUTE の通訳に転職。2004 年、同総合眼科でテクニシャンとして仕事開始。趣味は、旅行とワイン、食べ歩き。なかなか体重が落ちないのが、もっかの悩みとのこと。

手術の日は、病院に来てから病院を出るまでだいたい1 時間半くらいで全て終わります。手術で実際にレーザーがあたっているのは近視や遠視の度合いにもよりますが、片目が約30 秒です。手術が終わった時点で、ほとんどの方はか なり見えるようになります。その後、目を擦らないよう保護用シールドを眼の周りに接着剤で着けますが、これを皮膚から剥がすのが唯一の大きな痛みです。




アクティブイメージ

2007年1月号<Vol.60>
『3D アドベンチャーズ』のNZ 進出を担当する僕にとってダイビングビジネスの可能性を秘めたNZ はベストな国なのです。

安田 裕有さん
ダイビングショップ
オペレーション マネージャー

1975 年生まれ。神戸出身。流通科学大学卒業。大学4 年生の時、語学留学のためクライストチャーチに1年間滞在。大学卒業後、パッケージデザイン会社に就職。2004 年、オーストラリアへ渡航。エコーツアーガイドとしてケアンズで働く。3D アドベンチャーズのケアンズ店でダイビングライセンス取得。 2005 年12 月NZ へ渡航。現在、3D アドベンチャーズのNZ 店を総括し、インストラクターとしても活躍。

NZ はダイビングビジネスがまだ成熟していなくて可能性を秘めた場所です。ここでダイビングの楽しさを多くの方に伝えたいというはもちろんですが、自分でマネージメントをしてビジネスを築くことにも興味があります。NZ にはさまざま なダイビングの楽しみ方がありますが、僕の場合は『地形』を見る楽しみが何より勝り、次に『魚の多さ』、『食べて美味しい』の順番ですね。




アクティブイメージ

2007年2月号<Vol.61>
キウイに愛されるクルーズをもっと知っていただきたいです。

ジョンソン 智美さん
旅行会社 コンサルタント

1976 年生まれ。1999 年NZ へ渡航。NZ で語学留学後、ワーキングホリデーで再び入国。英語学校で事務アシスタントとして働く。2001 年日本で日本語教師養成講座修了。日本語教師を経て、英会話スクール講師に就職。2004 年NZ 渡航。結婚。Gullivers 主催Travel Creers & Trainings のGraduate School コース修了。大手旅行会社United Travel Remuera でコンサルタントとして活躍中。

クルーズは、船での荷物移動の必要がありません。そして沢山のエンターテイメント、レクチャー、ゲーム、テニス、ロッククライミング、ジム、ゴルフ、託児所などもございます。大きな船なので揺れもほとんど感じません。クルーズはその土地のベストシーズンにスケジュールされているので天候も良いですしね。一言で、クルーズ船は動くリゾートホテル。毎日、違う土地で目覚めて、ゆったりと贅沢に休暇を楽しめます。




アクティブイメージ

2007年3月号<Vol.62>
アイデアを絶えず膨らませ実行できるのがカフェ経営の楽しみです。

フェン 麻里さん
カフェオーナー

1974 年東京生まれ。日本外国語専門学校で旅行主任者資格を取得。1994 年流暢な日本語を話すパートナーのデロさんとNZ に渡航。ツアーガイドを経て、NZ 航空のフライトアテンダントに転職( パートタイム職)。2006 年コロンバスカフェ・ハイストリート店の経営を開始。現在一女のお母様。辛いのはフライトの日「マミー! 行かないで」と泣かれること。「夫はとても優しいです」と笑顔が印象的。

事実、日本人を雇用したい外国人オーナーも多いのです。ただ小さなカフェですと、一人分の仕事が多いので、電話対応ができないとかは困るんですが、変なことを喋らないようにと会話を恐れず、明るく接客できればお客様も少々のことは大目に見てくれますよ。NZ では、どんどんお客様に話しかけるのが良いサービスなので、積極的な姿勢、それがいちばん大事だと思います。




アクティブイメージ

2007年4月号<Vol.63>
NZ 最大の企業『フォンテラ』というベストな仕事環境で私自身を常に成長させて行きたいと考えています。

高田 あつ子さん
カスタマーサービス 

1974 年東京生まれ。亜細亜大学、経営学部卒業。大学時にアメリカのオレゴに交換留学。一般旅行業務取扱主任者の国家資格を取得。その後添乗員として世界で活躍。1999 年NZ へ渡航。エジプトで青年海外協力隊に参加。語学学校ワールド・ワイドで日本人カウンセラーを経て、アドミニストレーションのオフィス・マネジャーとして働く。2006 年11 月フォンテラへ転職。カスタマーサービス担当。

いちカウンセラーだった私を信用してマネジャーにしてくれ、責任ある仕事を任せてくれたこと。その時、私の中ではすごくステップアップをしたと思ったのと、私の自信に大いに繋がりました。その経験がなかったら、このようなローカルの大企業に就職しようなんて思っていなかったでしょう。ですので、前職が今のキャリアアップに役立っていると思い、物凄く感謝しているのです。 

アクティブイメージ

2007年5月号<Vol.64>
ワイヘキ島の一流ワイナリー、Stonyridge のボルドーワインのように、年と共に深みを増す人生。それが、私の憧れです。

ウォード 佳奈恵さん
女性起業家

1975 年大阪生まれ。高校生の時に、女性ファッション誌「Ray」の準レギュラー・モデルとして活躍。その他、キャンペーンガールやウエディング関係のモデルなどを行う。医療専門学校卒業後、医療関係で働く。日本語( 関西弁) が流暢なキウイハズバンドのクリスさんと結婚して9 年。2002 年、NZ に移住。2004 年よりワイヘキ島に住む。2006 年、Island Wine 社を設立。ワイヘキ・ツアーをメインに行う。

海外生活を始めたことによって視野が広がり、ステップアップできていることに、今、とても感謝しています。これからもマイペースで何事にも突き進んで、この国で可能性のある限り、いろんな事にチャレンジしたいです。そして、ワインとはいつまでも関わっていたい。品質の良い赤ワインは寝かすほど味が深まりますが、私自身もそんな赤ワインのようでありたい、という願いと共に。

アクティブイメージ

2007年6月号<Vol.65>
English Voyage Academy を経営するビジネスウーマンになって、意味のある夢は必ず実現できると確信しました。

マクリーン えり子さん
英語学校校長

1950 年東京生まれ。成蹊大学卒業、文化人類学専攻。財団法人・海事広報協会の新聞『海上の友』で記者として働いた後、結婚。実際の子育てから教育の世界へ入る。1989 年、母子留学で子供3人とNZ へ。日本語教師および日本人カウンセラーとして働く。NZ に来た3年半後に離婚を経験。再婚後、ご主人と共同で語学学校English Voyage Academy を設立。子育て日記『日本人ママとキウイ義父さん』を出版予定。

これから人生を過ごしていく中で、一つずつハードルが上がっていくでしょうが、一つのことが軌道に乗って潤滑に回り始めた時に次のハードルへと進み続けるでしょう。私の場合は、学生から母になり、先生になって、今ビジネスウーマンになって。その次は分かりませんが、人のために役立つ意味のある夢は、必ず実現できるということ。それが私のこれまでの人生の軌跡から学んだことです。

アクティブイメージ

2007年7月号<Vol.66>
勇気を与えてくれたニュージーランドに教育の専門家として貢献すること。それが、私の今後の役目だと思っています。

水谷 公美さん
オークランド大学 教育心理学講師

1971 年生まれ。兵庫県淡路島出身。関西学院大学、文学部英文学科卒業。1995 年NZ へ渡航。1997 年、オークランド・カレッジ・オブ・エデュケーションで日本語教師になるために勉強。1998 年、オークランド大学で日本語講師として働く。同大学、応用言語研究学部修士課程で第二言語習得理論を勉強。現在、同大学、教育学部と応用言語研究学部博士課程で研究の傍ら、教育心理学講師を務める。

中学生ぐらいになってから外国語を学んで流暢に話せるようになるには、顕在的な知識( 注1) と潜在的な知識 ( 注2)が必要なんです。英文法は勉強したけど、流暢に話せない方は多いでしょうが、そう話すには高いレベルの潜在的な知識も必要なんです。( 注1)意識的に学習、分析して説明に必要な知識( 例: 文法) ( 注2)文法を意識せずに感覚的に学んだ知識。( 例: 母国語における知識)




アクティブイメージ

2007年8月号<Vol.67>
『海外ウエディングのヘアメイク』をする夢が実現できたのは、語学学校NZLAが家族のように援してくれたからだと心から感謝しています。

増田 渓子さん
ブライダル ヘア&メイクアップ/NZLA学生

1980 年生まれ。高校3年生の時からヘアメイクのアルバイトを開始。神戸ベルェベル美容専門学校卒業。在学中にロンドンのTONI&GUY、ヴィダルサスーンヘアサロン、パリにてメイクの研修を受ける。卒業後、美容師として働く。2006 年、NZ に渡航。語学学校NZLA で英語を学ぶ。その後、ウエディングのヘアメイクの仕事を開始。旅行の楽しみは、その国々での食べものや文化、言語を楽しむこと。

次の夢は、自分の仕事をもっと沢山見てもらえる舞台やTV などの仕事に就くことですが、フランスにも勉強に行きたいし、自分のサロンを持つのも大きな夢です。ただ、今現在NZ でしておきたいことが、この国でいろんな人に優しくしてもらったそのお返しがしたくて。私のできることは、ウエディングの日に主役を一番美しく輝かせてあげること。それを全力でしたいのです。




アクティブイメージ

2007年9月号<Vol.68>
鉄板焼きレストラン『歌舞伎』は、最高の味とサービス、エンターテイメントをお客様に楽しんでいただくためにスタッフが一丸となって前進し続けています。

ミーク 万梨さん
『歌舞伎』スーパーバイザー

1983 年、ブリスベン生まれ。オーストラリア人の父と日本人の母の元に生まれる。大学では心理学と日本語を専攻。バーでのアルバイトをきっかけにホスピタリティ業界に入る。その後、スタンフォード・プラザ・ブリスベンの鉄板焼きレストラン『歌舞伎』およびバーで働く。昨年11 月より、スタンフォード・プラザ・オークランドの『歌舞伎』とバーでスーパーバイザーとして活躍。

仕事場の人間関係を良くしたい時には、『歌舞伎』にぜひ来てください。仕事仲間で来るとチームワークが良くなるようです。シェフは料理も会話も一流です。お客様みんなに話しかけるので、国籍関係なく客同士がすぐに仲良くなります。そして、ビールを一杯飲んだら、みんなリラックスして賑やかに楽しみはじめるんですね。『歌舞伎』は、他ではできない体験ができる場所だと思います。

アクティブイメージ

2007年10月号<Vol.69>
『Cuisine Restaurant of the Year 2007』にsoto が選ばれ、ようやく土俵に上がれました。

徳山 真人さん
日本食レストランSOTO シェフ

1977 年生まれ。2000 年NZ にワーホリで渡航。以降NZ および世界のトップレベルのレストランで働く。2003 年NZ に戻り翌年から日本レストランsoto のGeneral Manager & Executive Chef。今年8 月、Cuisine Restaurant ofthe Year 2007 のエスニック部門でsoto が最優秀賞を受賞し、NZ のトップ・レストランに。仕事観は「早朝から買い付けに行って、仕込みをバシッとして、常に最高の料理をお客様に出したい、という気持ちです」と語る熱血料理人。

俺が行き着きたい所は、『必然に奇跡が起こせるレストラン』。お客様がこういう物が食べたいと思う時に、それ以上の料理が出せて、こういう飲み物が飲みたいと思った瞬間にスタッフが、『こういう物はいかがですか?』と言ってくれるとか。そういう要素が常にあれば、それはもう感動でしょうし、奇跡だと思うんです。でも、それをやるには確固たる知識が必要ですね。

アクティブイメージ

2007年11月号<Vol.70>
シェフドラン(サービススタッフ)として一番大切にしているものは" 心" です。

堀内 茂一郎さん
シェフドラン

1978 年生まれ。千葉大学情報工学科卒業。辻調理師専門カレッジ、イタリア・フランス料理コース修了。フレンチレストラン『ラ・ビュット・ボワゼ』、フランスの三ツ星レストラン『ミシェル・ブラス』の日本店でソムリエとして活躍。2006 年NZ 渡航。パーネルにあるNY スタイルレストラン『TriBeCa』でサービススタッフとして働く。WSETAdvanced Certificate(英国ソムリエ資格)および日本ソムリエ資格取得。

ワインづくりに必要な寒さと温度差がありワインに秘めた可能性があって、壮大な自然があるという僕にとっての3大要素を備えた国・NZ にぜひ行きたいと思ったのです。今はここで、お客様に楽しんでいただける心からのサービスを納得のいくまで極めたい。そして時期が来たら、やはり自分の店を持ちたいですね。豊かな自然のある場所で。僕はきっと、一生サービスマンです。

アクティブイメージ

2007年12月号<Vol.71>
為替専門会社KVBでの3 年半は、私を成長させてくれた大切な宝物です。

井上 京さん
為替専門会社KVBマネジャー / カスタマーサービストレーナー

1979 年生まれ。小学生時代をアメリカで過ごす。同志社大学文学部英文学科3回生の時にオーストラリアへ交換留学生として行く。卒業後、化粧品会社の営業および英会話学校イーオンの講師として働く。2004 年ワーホリでNZ に渡航し、為替専門会社KVB Kunlun NZ Ltd に入社。現在、KVB のジャパニーズ・ディビジョン・マネジャーおよび社内のカスタマーサービスのトレーナーとして活躍。ニックネームはMisha。

KVB に決めたのは、仕事が接客業だったので、自分のこれまでの知識と経験が活かせると思ったからでした。ただ、金融業ははじめてだったので、為替と経済については理解するまでかなり努力しましたね。今では為替についてたいていのことは理解できるようになりましたが、世の中は常に動いているので、日々世の中の動向にアンテナを張り、今も知識を蓄積していっています。




アクティブイメージ

2007年12月号<Vol.71>
ニュージーランドには「シンプルリッチ」な生活があること を日本の方にもっと伝えたい。

西田 涼子さん
不動産セールスコンサルタント

1970 年生まれ。東京都出身。大手電器メーカー勤務後1997 年よりワーキングホリデーでNZ へ。その後クライストチャーチ市内のお土産店で働く。1999 年より現地企業スノーウィー・ピークで日本マーケットを担当。2002 年NZ 永住権取得。その後クライストチャーチの情報Web サイト「シンプルリッチ生活」を開設・運営を開始。2003 年NZ での不動産販売資格取得。NZ 大手不動産会社Harcours に所属。

他のNZ の不動産屋と違うのは、普段日本に住んでいるお客さんの不動産を管理するサポート業や、日本から来る長期滞在者の方からの不動産レンタルの相談も行っていること。つまり、海外で不動産業を行う事は、不動産売買プラスαの仕事を請け負うこともできます。不動産ビジネスをするには、常に誠意をもって仕事をすること。ここは小さな街ですから、これなくしては始まりません。

各種法律や移民局の規定等は改定されている場合があります。詳しくはお問い合わせください。

お問い合わせはこちら