Vol.61 時代を飾るキウイ ファッションデザイナーTrelis Cooper


ニュージーランドを代表するレディース・ファッション・ブランドとして、国際的にも知名度を高めている「トレリス・クーパー」。オーナー兼デザイナーであるトレリス・クーパーは、同ブランドのイメージ通り、ゴージャスな雰囲気を醸し出す素敵な女性だ。そんな彼女によって生み出されるファッション・アイテムは、フェミニンなデザインと美しい色使いが人気を呼び、多くのファンを獲得。毎年秋にオークランドで行われるAir New Zealand Fashion Weekにも連続参加し、国内外から大きな注目を集めている。
昨年8月には新しく開発された話題のスポットであるニューマーケットのナッフィールド・ストリートに、キッズ専門店をオープン。9月のファッション・ウイークでは、無垢で愛らしい子供服に身を包んだ女の子モデルたちがキャットウォークに登場し、観客の目を惹いた。
キッズ・コレクションという新分野でも好調な滑り出しを見せたトレリス・クーパー。また、ジュリア・ロバーツ、ミシェル・ファイファー、リーズ・ウィザースプーン、リンジー・ローハンといった、錚々たるハリウッド・セレブが名を連ねる顧客リストに、最近キャサリン・ゼダ・ジョーンズも加わり、ますますバリューを増しているという。
キウィ・ファッション界をリードするトレリスに、飛躍し続けるブランドの秘密をうかがった。

ファッション・デザイナー トレリス・クーパー

Trelise Cooper
トレリス・クーパー

ファッション・デザイナー Fashion Designer

オークランド生まれ。20代初めの頃、自身のブティックをオープンし、ファッション業界の道へ。結婚・出産を経て一時は業界を離れるが、1997年に再びファッション・デザイナーとしてビジネスを始動。現在、ニュージーランドとオーストラリアに直営店を持つほか、世界各地の有名ブティックで商品を展開している。ジュリア・ロバーツ、メグ・ライアン、リーズ・ウィザースプーンなど、ハリウッド・セレブの顧客も多い。

www.trelisecooper.com

アートを活かしてファッションの道へ

私は幼い頃からファッションに夢中でした。よく父に連れられて買い物に出かけていたのですが、その時もショップで洋服ばかりを眺めていましたね。また、実家に母が若い時から集めていた服やアクセサリーがたくさんあったので、学校から帰ると、毎日のようにファッション・コーディネイトをして遊んでいました。どのドレスにどの靴を組み合わせるといちばん素敵に見えるかなんて、アレンジも工夫したりしてね。母は、50年代、60年代の、色使いがキレイな服を多く持っていたので、それらを見ているだけでもとても楽しかった。思えば、この時期に、ファッションに対するセンスが磨かれたのかもしれません。
そんな子供時代を過ごしたので、ファッション関係の職業に就くことは、ごく自然の流れでした。自分が所有していた家を売り、オークランドのハイストリートにブティックをオープンしたのは、20代に入ってすぐのことです。その店で私自身がデザインした商品を販売したところ、非常に評判がよく、その後、ウェリントンに2号店を開きました。
1980年代でしたから、肩パットを強調したトップスなど、当時、流行っていたデザインも取り入れましたが、自分の感性や美意識を大切にするスタイルは、今と変わっていません。服飾学校にも通わず、店を持つまで業界での経験もありませんでしたが、ビジネスを始めてすぐに成功できたのは、自らのアート感覚を強く信じ、それに従ったからだと思います。
私は論理的に物事を考えるタイプではなく、どちらかというと芸術肌なのでしょうね。例えば、服飾学校には行きませんでしたが、パターンメイキングのコースを取ったことがあるのです。でも、全然うまくできませんでしたね。パターンメイキングは、技術的で数学的な作業ですから、自分には向いていないとわかりました。それよりも頭に浮かんだイメージを体現するほうが、ずっと得意なんです。
25年ほど前になりますが、カール・キングというアメリカ人のヒーラーがニュージーランドで開催したスピリチュアル・セミナーに参加したことがあります。その時、カールから「夢を追いかけて、魂に忠実に生きなさい」とアドバイスを受けたんです。その頃、私はファッションの仕事をするという夢を実現できるかどうかわからず、不安を抱いていましたが、彼の言葉に背中を押されて頑張ることができました。
私はそれ以後、ずっとこうした魂からのメッセージや直感、フィーリングを大事にしてきました。今も毎朝、就業前にスタッフと一緒に5分間のメディテーションを行っています。キャンドルを点し、香を焚き、美しい音楽を流して瞑想することで、精神を清め、会社の目標や夢を、ともに働く仲間たちと共有することができるのです。

生きる喜びを伝えるファッション

1988年に息子が誕生し、その1年後に、一度ビジネスを閉じました。理由は、もっと息子との時間を増やしたいと思ったからです。
ホームレスの人々を支援する社会貢献活動の仕事を経て、再びファッション業界に戻ったのは1997年。当初はスモール・ビジネスをしようと計画していたのですが、以前の顧客の大半が戻ってきてくれたこともあり、お陰さまですぐにオーダーが増えて忙しくなりました。
それまでとの違いは、自分のショップだけではなく、ほかの小売店にも商品を卸すようになったことですね。ニュージーランドのみならず、オーストラリアでも販売を開始することになり、ほどなくして、アメリカ市場とも太いパイプができました。
アメリカでビジネスが拡大できたのは、よいエージェントに出会ったことが大きかったと思います。そのエージェントとはもう5年のおつきあいになりますが、ロスに拠点があり、全米のトップストアと強いコネクションを持つところで、サックス・フィフス・アベニューやニーマン・マーカスといった一流デパートに商品を置いてもらうことができました。それらの店にはハリウッド・セレブリティのスタイリストが出入りしていまして、その関係で、ジュリア・ロバーツ、ミシェル・ファイファー、リーズ・ウィザースプーン、メグ・ライアンなどの顧客がつくようになったのです。
現在は、オーストラリア、アメリカのほか、ギリシャ、フランス、英国、アイルランド、シンガポールでそれぞれ商品を展開しています。また、ファッション・ウイークを通して、ほかの国々の関係者からも多数の問い合わせをいただいています。世界中の人たちからブランドを支持してもらえるのは、とても嬉しいですね。
私は、常にリアル・ウーマン、つまり現実の女性を対象に商品をデザインしています。どんなにお洒落な服でも、モデルにしか着こなせないものでは意味がないでしょう。私のブランドの特徴は、体型を問わず、全ての女性にフィットすること。そして、ファッションは自己表現だと思っていますから、私の生み出した服を身に纏うことで、自分らしく、心地よく、幸せな気分になってほしいとも考えています。ファッションを通して生きる喜びを伝えたい──そうした私の想いが、多くの女性から共感を集めているのかもしれませんね。

目指すはグローバル・ブランド

昨年は前々から構想を練っていたキッズラインの専門店をオープンしたり、ファッション・ウイークではヴァイアダクトのメイン会場ではなくオフサイトでショーを行ったりと、チャレンジの多い、実りある年でした。
ファッション・ウイークの準備には3〜4ヶ月を要しましたが、まるで10組のカップルの結婚式を一度に取り仕切るかのような目まぐるしさでした。しかし、結果として大成功に終わり、また、子供服という新たなフィールドの発表の場ともなり、大変満足しています。キッズ・コレクションは、大人の女性向けの商品とは全く作り方が異なりますが、ピュアで、キュートで、イノセントというコンセプトのもと、楽しんでデザインをしています。そして、いずれはメンズも手懸けてみたいですね。
時期は未定ですが、将来的には日本でもビジネスをしたいと考えています。私は出張が多く、1週間に1度くらいの割合で旅に出ますが、日本にもよく出かけるんですよ。日本は大好きな国ですが、訪れるたび欠かさずに足を運ぶ場所は、新宿、渋谷、原宿、表参道、青山、代官山。銀座も最近、またグッとよくなりましたね。東京の街を散策するのは、本当に興味が尽きないし、いい刺激にもなります。日本のファッションは、世界で最もエキサイティングですから。
このように旅先から拾った要素や、映画、絵画、音楽などから得たヒントを、ニュージーランドならではのユニークなフレーバーとミックスさせ、優れたデザインへと昇華していくのです。この国には、ルイ・ヴィトンやブルガリのようなスーパーブランドはないけれど、その代わりに枠にとらわれない自由な発想ができるという利点があります。世界のファッションの中心地はニューヨークやパリやロンドンですから、状況によってはこれらの都市に拠点を移す可能性もゼロとは言えません。でも、私はニュージーランドが気に入っているので、ここで仕事を続けたいと思っています。
出張先からニュージーランドに帰ってきて、飛行機から降りたときにまず感じるのは、空気がクリーンであること。フレッシュなエネルギーを吸収して、心身ともに元気になります。そんなニュージーランドから、これからも素晴らしいファッションを発信していきたい。そして「トレリス・クーパー」をグローバル・ブランドへと成長させることが、私の目標です。

カテゴリ:ファッション
各種法律や移民局の規定等は改定されている場合があります。詳しくはお問い合わせください。

お問い合わせはこちら