第22回 英語達人列伝


子どもは0歳から3歳までの間に言葉を覚えていくと言われている。つまり、その時期に耳にする言葉はその子の一生に影響を及ぼすとも考えられる。そんな年齢の子ども達の中にいるのがユキコ・ペンフォルドさんである。ユキコさんはオークランドの西に位置するモーニングサイドの公立幼稚園 Morningside Kindergartenで教諭として毎日子ども達に接している。オークランドの公立幼稚園を統括しているAuckland Kindergarten Associationによれば、現在、教諭として登録されている日本人はユキコさん一人だけである。

英語上達のコツが満載!英語達人列伝

神奈川県出身。獨協大学在学中に中学、高校の教員免許を取得。卒業後、船会社やガイド派遣会社に勤務。日本に来た外国人を案内する中でボキャブラリーの少なさを痛感し、イギリスに留学。その後、ニュージーランドに渡り、ツアーガイド、アクアビクスインストラクターなどを経て幼稚園の先生になり、Morningside Kindergartenに勤務。園児を集めて本を読んだり、歌を歌ったりするマットタイムの時には全ての園児の視線が自分に集まるために、言葉には細心の注意を払うという。現在、オークランドでは、ただ1人の日本人公立幼稚園教諭である。

英語との出会い

英語に興味を持ったのは小学生の頃でした。最初は外国に興味を持ち、そして英語という順序でした。テレビでカナダの森林警備隊のドラマを放映していたのを見て自分も行ってみたいと思ったのです。また、祖父が氷河丸という貨物船に乗っていたため、色々な国の話を聞いたり、写真を見たりしていたことも海外に興味を持つキッカケとなりました。
いずれはカナダに行きたいという漠然とした希望があり、英語の勉強をはじめました。最初はラジオの英語講座やFENなどを聞いて、耳から音を入れていました。これは音だけで英語を捉えようとしますのでとても効果的でした。
中学に入って英語の授業が始まったときです。それまで毎日のように英語のラジオを聞いていたため、学校での英語の発音がすごく気になったのです。 当たり前ですが、先生の発音とラジオの発音が全然違うのです。私はネイティブが話している発音が正しいのだと思い、学校でもラジオから聞こえる英語のような発音を心がけました。当然、他の生徒からは「カッコつけている」という目で見られましたし、先生の反応もあまりよくありませんでした。しかし、そこでめげずにネイティブの発音のマネを通しました。同時に教科書やラジオ講座のテキストの文章を丸暗記していました。
高校は興味があった英語をもっと勉強したいと思って英語科に入りました。ところが県内でも英語の得意な生徒が集まる学校だったので私はたちまち劣等生になってしまいました。しかし唯一、前から続けていたリスニングのおかげで、ネイティブの先生の授業では最初から発音についていけましたし、相手にスムースに通じました。これが私にとっては外国人との初めての接点でした。これを利用しない手はないと思い、先生と話す機会を多く持つようにし、そのおかげで、横須賀基地で行われるイベントなどにも呼んでもらえるようになりました。
当時はとにかく生きた英語を学びたいと思っていましたので、本当はいけないことですが、映画館にこっそりとテープレコーダーを持ち込んで録音し、それを家で何度も繰り返して聞いたりもしていました。1回目はわからなくても2回目以降はだんだんと意味が理解できて面白くなっていました。

習得方法

そして大学でも英語の道に進むために英語科に入学しました。私はより実践的な英語を身につけたいと思っていましたので、英文科ではなく英語科がある学校を探して、独協大学の英語科に進みました。学校では言葉や生活について講義をしてくれるイギリス人の先生がいて、私はその先生のゼミを履修しました。そこで先生に言われたのは「誰にでも一発でわかる会話をしなさい。そのためにワンセンテンスにワンミーニング、一つの短い文章で一つの意味を伝えるようにしなさい」つまり、シンプルな英語を使うように教えられました。スラングについては「教養のある人は決して使わないので、意味を知ってく必要はあるが、使ってはいけない」と教えられました。 この2つは私が今でも気にかけていることです。
大学を卒業していよいよ就職となった時です。当時は4大卒の女子にはなかなか仕事がありませんでした。結局、色々なところをあたり、卒業後数ヶ月してオーストラリア資本の船会社で働く事が決まりました。ここではビジネストリップで外国から多くのお客さんが来日し、その時に私が観光案内などをしていました。そうしているうちにガイドという仕事に興味をもち、次にガイド派遣会社で、日本に来た外国人を案内する仕事に就きました。しかし、私にできるのは観光案内まででした。視察などに来る人が多いのですが専門分野の話は別に通訳の人が出てきて話を進めます。この事実にショックを受けました。さらに英語の勉強をするため、365日24時間英語の環境でボキャブラリーを増やすことを目的にイギリスに留学しました。

英語を使っての再勉強

ニュージーランドに来たのはイギリス留学が終わってからです。最初はハミルトンでアスパラガスの摘み取り作業やオークランドでツアーガイドの仕事をしていました。その後、アクアビクスのインストラクターや倉庫での仕事をしていました。しかし私にとって、本当に楽しめる職業というわけではなく仕事のやりがいを模索していました。そうして見つけたのが先生という職業でした。
大学時代に教職課程を取っておいたため、日本の教員免許を持っていました。それを生かせる仕事は先生しかないと思ったのです。しかし、自分自身は英語力に不安を感じていました。私の英語力では現地の小、中、高生に教えるのは無理じゃないだろうかと、しかし幼稚園児ならなんとかなるのではという、甘い考えで、幼稚園の先生になろうと思ったのです。
通常、ニュージーランドの公立幼稚園の先生になるためには3年間のDiploma of teachingのコースを修める必要があります。 しかし、日本で取った教員免許をNZQAで認可してもらったため、私はAuckland College of Educationの18ヶ月のショートコースに通うことを許されました。 このコースは例えば、現在高校の先生をしている人が、今度は幼稚園の先生の免許を取得しようとする場合に幼児教育の専門部分を勉強するというコースです。入学のための資料を取りに学校へ行ったときに、非公式ながら面接があり、そこで一番気にしていた英語のことを聞いたところ、通常はIELTSで7ポイント以上の成績が必要とされるとのことでしたが、運良く、その面接で英語に問題はないということになり、入学許可をもらうことができました。
入学してフルタイムスチューデントになって卒業するまでは、今までの中で一番勉強した期間だと思います。講義があるのは火曜日と木曜日だけでした。 しかし、卒業までに40以上の論文を書かなくてはならず、それに時間がかかりました。論文を書くには多くの資料や文献を読む必要があります。今まで、会話中心で英語を学んできた私は読むことが大嫌いでした。まして専門用語が多く出てくる文献です。読むという行為だけでも同級生の2、3倍の時間はかかります。そのため、月水金の家にいるときは最低の家事だけをして1日5・6時間、土日は12時間以上机に向っていました。1つの論文書くためには最低でも10冊以上は文献を読まなくては書けません。もちろん全部読まなくても書くことはできるのですが、性格的に負けず嫌いなので、成績がクラスで一番下というのは絶対にイヤでした。ですから人より多く本を読もうと思って取り組みました。また、先生がこの本はいいよと授業の中で言えば、すぐに手に入れて読むようにしていました。ただ、毎回、推薦される本を買うお金もないので、図書館に借りに行くのですが、数に限りがあるので、先生から聞いたその日の昼休みに食事も取らずに、すぐに図書館に走ったこともたびたびありました。
そうして常に新しい単語と格闘しながら本を読んでいきました。色々考える時間はありませんでした。 私が一緒に勉強している仲間は英語で教育を受け、既にニュージーランドの教員の資格を持っている人たちですから、私はとにかく、ひたすら読む事で道を見出すしかありませんでした。本を読んで、死ぬ気でその場でボキャブラリーを増やしていかないと時間がありませんでした。時間節約のために、わからない単語が出てきた場合は飛ばして読んでいきます。同じ単語が5・6回出てきた時点で辞書を引くようにしていました。
そうして苦労して卒業して、無事に幼児教育の免許を取得することができました。入学当初のクラスメイトは27人から21人に減っていました。

仕事での英語

ただ、ここで終わったわけではありませんでした。 この免許を取得することで、ニュージーランドの私立の幼稚園で働くことが可能となります。しかし公立の幼稚園で働きたいという希望があったので、Teacher's Councilで教師登録をする必要があったのです。そして最初の2年間は補助登録になり、その間、レポートを提出し続けるのです。園児達の観察記録で、園児達がどういったものに興味を持ち、どんな行動をして、各個人にどんな補助が必要か、そしてそれを実践した結果はどんなものを得ることができたかという内容です。
ニュージーランドは移民の国であるために多くの民族が住んでいます。 ですから、どんな子が入ってきても全ての子を受け入れる体制を整えておく必要があります。実際に国としてもそういった方針を打ち出しています。またそれは人種だけでなくハンディキャップを持った子どもに対しても同じように考えられています。そして、もう一つ大きな特徴として、子どものうちから自分で考え、自分で選ばせ、何か問題があれば自分で解決する能力をつけさせる教育、つまり社会性を重視する教育を進めています。
幼稚園では常に緊張感を持って英語を話しています。私はネイティブでないため、 Alligator はLだったかRだったか、Crocodileはどっちか?など、特にLとRの発音には注意をしています。また、難しい言葉を使わずに、子どもにわかる言い方を正確に、ゆっくりと話すよう心がけています。0- 3歳の脳はちょうど言語を覚える時期でもありますので、自分が間違った言い方をした場合はすぐに言い直すようにもしています。
ニュージーランドの公立の幼稚園と言うのは先生の給料が国が負担するという意味で公立です。しかしながら、幼稚園そのものの経営は独立採算ですから寄付を集めなくてはなりません。当然、園児の親からだけの寄付では追いつきませんので、企業に寄付をお願いするのです。そういった場合の資料作りなども先生の仕事になります。子どもに対する言葉だけでなく、一般社会で通用するビジネスの言葉も当然必要です。ですから、英語もまだまだ勉強し続ける必要性を感じています。

ユキコさんの英語上達法

1. 耳だけで英語を理解するするために、英語のラジオや映画を録音したテープなどを多く聞く
2. 常に、ネイティブの発音を心がける
3. シンプルな英文を作るようにする
4. 本を読んでいるときにわからない単語が出きた場合、5、6回目で辞書を引く 

カテゴリ:先生/学校経営
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