Vol.36 Career up in NZ -ニュージーランドでスキューバ-


ニュージーランドの海でのスキューバダイビングは、イセエビ取りなどのハンティングをできることが魅力のひとつである。由季絵さんは、プールなどの施設の充実度や無事故無違反のコース開催実績がこの国でも高いことで知られているダイブショップ Dive Centre Ltd.でインストラクターとして仕事をしている。

ニュージーランドのスキューバダイビングインストラクター・小野寺由季絵さん

Yukie Onodera
小野寺 由季絵
スキューバダイビングインストラクター / instructor in scuba diving

80年3月19日。埼玉県所沢市出身。東京教育専門学校 幼稚園教諭、保育士養成学科卒業。02年伊豆で初めてスキューバダイビングをして以来、ニュージーランド、オーストラリアをはじめとする世界の海を潜る。ライセンス取得当初、浮力のコントロールなどのスキルが苦手で何度も練習したこともあったことから初心者へのアドバイスには定評がある。また、この国で活躍する唯一の女性日本人インストラクター。

スキューバダイビングとの出会い

私がスキューバダイビングに興味を持ったのは単純な理由からでした。日本で仕事をしていた頃、夏にやる趣味が欲しい、夏といったら海。そして、スキューバダイビングに発想がいったのです。海の中ってどんなふうだろうという思いが強く芽生えていきました。ですが、当時、私の中でスキューバダイビングは、お金がかかるというイメージが強くありました。また、なんとなくダイビングショップは入りずらいという先入観がありました。もし、入ろうものなら、すぐに予約させられて、いろいろと買わされるのでは、と思っていたのです。
結局、その夏はスキューバダイビングを始めることを迷っているうちに終わってしまいました。そして、翌年の夏。偶然にも新婚旅行でいったフィジーの海に魅せられた兄夫婦がオープンウオーターの認定を取ると言ったのです。スキューバダイビングに興味を持ったまま、それまで過ごしていた私は、チャンスだと思い、すぐに飛びつき、便乗させてもらうことにしました。
そして、伊豆で兄夫婦、姉と4人でコースに参加しました。講習は水中に潜るために必要な知識とスキルを何日かに渡って学びました。ビデオなどを見て授業を受け、プールで練習して、海に行くという具合です。オープンウオーターの認定は、Cカードといって取得すると世界の海を潜ることができるダイバーの一歩なのです。私は、器材のセッティングやダイビング計画の上で重要なダイブテーブルの使い方がなかなかできず、インストラクターに根気強く教えてもらいました。また浮力のコントロールも苦手で何度も何度も繰り返し練習した思い出があります。何とダイバーの仲間入りをすることができました。嫌にならずに最後まで続けられたのは、講習が楽しかったのと、はじめて見た海の中の感覚に感動したからです。
それからというもの、月1回のペースで伊豆にスキューバダイビングしに行き、仕事が忙しくてもそれを楽しみに頑張っていました。その頃には最初に持っていたスキューバダイビングに対するイメージはすでに消えていました。

ニュージーランドに来たキッカケ

私は、もともと海外旅行や海外のガイドブックやテレビを見たりするのが好きでした。学生のときには、日本各地から参加者が集まり、タイの田舎で学校の建設の手伝いをしたり、学校の授業に参加するなどして、日本とタイの交流を図るという目的のワークキャンプに参加しました。そこで私は違う国の言葉を覚えることの楽しさや異文化コミュニケーションのおもしろさを知りました。 その後、就職し、お金に余裕が出てきたので、タイ語学校に通いました。もちろん、タイ語も面白かったのですが、通っているうちに、まず英語ではないかと疑問がわき、英語学校に移ることにしました。1週間に1、2回40分のレッスンだけでは物足りなかった私は、先生たちの集まりに合流。メールのやり取りで添削してもらったりして英語を勉強していました。
高校の時からの趣味、スノーボード。そして、スキューバダイビング、英語。興味を広げていった結果、ワーキングホリデーにたどり着いたのです。1年間どこか英語環境で好きなことをしながら生活してみたいという気持ちが高まっていったのです。
はじめは、スノーボードならカナダ、スキューバダイビングならオーストラリアと迷っていました。ですが、ニュージーランドは、両方できるという情報を聞いたことからこの国に決めたのです。夏の間はスキューバダイビングを楽しみながら英語の勉強をして、冬になったらバイトをしながらスノーボードをしようと考えていました。

ダイブショップでの手伝い

03年11月にこの国に来ました。始めは3ヶ月間ホームステイしながら語学学校に通いました。そして、夏になったことからスキューバダイビングをしようと思い、仕事をさせてくれるショップがないかといろいろと調べはじめたのです。そして、人から紹介してもらい面接に行ったダイビングショップがあったのですが、私は学校が2月はじめまで残っていたことでショップの希望であるフルタイムで働くことができないという理由から不用になりました。その後、特に何をすることもなく、ホームシックにもかかり、時間ばかりが過ぎていきました。
そんなとき、それまでもいろいろと相談に乗ってくれていた知人が激を飛ばしてくれました。嬉しい反面、不甲斐ない自分に対するくやしさから奮起してCVやアピール文を作成し始めました。ですが、考えるより行動してしまう性格から、いてもたってもいられなくなりダイビング雑誌に掲載してある一覧の中から選んで、アポも取らずに店に直接飛び込んでいったのです。
「私は、アドヴァンスダイバーです、ここで何か仕事がしたい」とおそるおそる聞いて見たところ、「残念ながらダイブマスター以上でなければ雇うことは出来ないし、スタッフは間に合ってる」と即座に断られました。しかし、ここで引き下がってはいけないと「お金は要らないし、何でもします」といった具合にしばらく交渉を続けました。そして、最終的に「ダイビングは好き?」と聞かれ、笑顔でイエスと答えたところ、プールの仕事を手伝う許可をもらうことができました。
学校がある間は毎週金曜の午後と土曜日に、卒業後は週4日間プールの仕事を手伝いました。そこには、講習のためのクラスルームとプールがあります。レンタル器材の管理やセカンドハンドの器材の販売、タンクの充填などをスタッフ一人が担当しています。そこで、私は、掃除やレンタル器材のパッキングなどを積極的にやりました。初めての経験からお金はもらえなくとも実際楽しかったですし、仕事がないときはスタッフに英会話レッスンしてもらっていたので自分にとってはものすごいプラスになりました。ですから、逆に何かしていないと、本当にいていいかなぁ、邪魔じゃないかなぁ、と不安になっていました。また、個人的に一人のお客としてダイビングツアーに参加するにはボートが出るところまで自分で行かなくてはなりませんでした。交通手段が乏しかったため、ショップのトラックに乗せてもらうしか参加する手段はなく、集合の朝7時までにショップに行くために引っ越しをして、自転車で40分かけてみんなに合流していました。
そうしているうちに、スタッフの人たちがダイビングやパーティーに誘ってくれるようになり、仕事もエクスチェンジという形にしてくれ、ダイビングに連れて行ってくれたり、インストラクターの仕事を間近で見る機会を持つようになったのです。

インストラクターへの道のり

ショップに出入りするようになってからしばらく経ったときです。スタッフの一人からインストラクターとして働く気はないか?と声をかけてもらいました。アドヴァンスダイバーだった私は、インストラクターになるということがものすごく遠い現実に感じて正直よくわかりませんでした。しかも、自分のギアもほとんど持っていないし、ダイビングスキルにそれほど自信があったわけでもなかったからです。しかし、声が大きいし、世話好きだし、インストラクターになるための要素はいっぱいあるよと言ってくれたのでした。スキルは勉強したり練習すればできるようになる。今しか出来ないことにチャレンジしてみようと気持ちが固まっていったのです。それからというもの、この国をベースにしてインストラクターになるべくトレーニングの日々を過ごすことになったのです。
まずは、フィジーのBEACH COMBER ISLANDに約6週間滞在して、ダイブマスターコースまでをそこで過ごしました。毎日朝7時30分に起きて、午前中2本、午後1本潜って、夕方も勉強。夜10時くらいには寝るという生活でした。その頃、フィジーは冬でしたが水温はだいたい27度。ニュージーランドは暖かい時でも22度くらいなので、生息している水中生物は違いました。沢山のトロピカルでかわいらしい魚たちや、色とりどりのさんご礁に魅せられ、その中を優雅に泳ぐ亀を見たときは龍宮城かと思うほどでした。シャークポイントもあってネムリブカというおとなしいサメや、魚を食べようとものすごいスピードで泳ぐハンマーヘッドシャークなども見ることができました。フィジーの暖かくてのんびりとした環境でコースも楽しく受けられたのですが、ダイブマスターコースは、初めてのプロの入り口ということもあって勉強も一気に難しくなり、スキルにも苦戦しました。
その後、一時この国に戻りましたがIDC(インストラクター養成コース)とIE(インストラクター試験)を受けるためにオーストラリアのケアンズに行きました。グレートバリアリーフといえばダイバーには人気のスポットで、実際に多くの日本人ダイバーがいました。
約4週間の滞在中、ダイブマスターで勉強したことをさらに理解を深め、スキューバダイビングに関連するビジネスや法律、インストラクションなど多岐に渡って学びました。朝8時から夕方6時頃までみっちり勉強して、夜は次の課題の準備。同じ目標に向かって一緒にコースを受けている候補生とお互いに相談しあい、支え、励ましあって頑張っていました。

ニュージーランドのスキューバダイビングの魅力を伝える役割

目標であるインストラクターになり、この国に戻ってきました。実際、インストラクターになってもなかなか仕事につくのが難しかったり、オーストラリアや日本の沖縄などの激戦区では経験が必要でしばらくインターンシップで働いたり、中にはお金を払ってでもそこで経験をつみたいという人もいます。そんな中で私はワーキングホリデーでこの国に来てから会った様々な人を通してチャンスを与えられ、スキューバダイビングのインストラクターとして仕事をしています。今、平日はショップでハイシーズンに向けてお客さんを迎える準備をし、週末は講習のアシスタントについています。
ニュージーランドの海は沢山の海草と魚屋さんでおなじみのタイ、アジ、イセエビなど、とってもおいしそうな魚たちがいっぱいです。そして、そのイセエビや貝類などを採取してもよいのがニュージーランド流の遊び方なのです。また、ブルーマオマオといって、きれいな青色の魚の群れや、イルカやクジラなどの大物に出会えるのもこの国ならではのことです。
スキューバダイビングを始める人の中には不安や疑問を持ち、参加するのをあきらめる人も多いと思います。例えば、泳ぐのがあまり得意でないとか、視力が悪いとか、船酔いしやすいとか、などです。そういった不安は相談して頂ければ、対応、対策などのアドバイスもできます。また、自分がいちばん理解できる言葉で安心して、日本語による日本人らしい講習やサービスを受ける環境を作ることで、スキューバダイビングのおもしろさを知った人たちが日本に帰ってその良さを広げて行ってくれたらいいなぁ、と思っています。そのためにも少しでも多くの人にスキューバダイビングのおもしろさや他では味わえない感覚を伝えていきたいと思っています。

カテゴリ:ダイビング
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