Vol.76 Career up in NZ


子どもの頃からの夢、海外移住の第一歩を踏み出した黒羽崇さん。学生時代のカナダ、ニュージーランドでのワーキングホリデー、日本でのコンピュータープログラマーなど様々な経験を積んでいらしたという。NZでの生活の安定と夢の実現を考え、 AMESで世界に通用するプログラマーとしての勉強を始めた彼に、NZでの生活と今後の予定そして夢について語っていただいた。

海外移住【Profile】
1969年9月26日神奈川県横浜市出身。関東学院大学英米文学科卒業 。学生時代にクライストチャーチでのワーキングホリデー、海外旅行を経験。大学卒業後もバンクーバーへワーキングホリデーと留学を経て、日本帰国後プログラマーとして外資系運輸会社で活躍。最終移住目的地として、ニュージーランドを選び、2008年1月よりAMESでIT養成講座12週間コースを履修中。講義テキスト1冊が終わる度に、ペーパーテストと実技テストがあり、その準備と勉強に余念がない。

海外移住少人数、質・レベルともに高いクラスと講義内容
 アッパークイーンストリートに近いところにあるAMES IT Academyの学生として、プログラミングコースで、世界に通用するプログラマーとしての勉強を始めた黒羽崇さん。

毎日の午前8時から12時までの4時間の講義を、韓国人とニュージーランド人の2人のクラスメートともに受けている。講義はレクチャー形式で、ニュージーランド人の生徒のレベルに合わせているので、スピードも内容も非常に高く、プログラマーとしての経験・知識はもちろん、高い英語力も当然のごとく要求される。「語学学校と違い、それ以上の準備つまり知識・技能と英語力を当然のものとして求められます。それだけ高いレベルの覚悟が求められると言うことです。」という崇さんは、 講義の中で分からないことがあれば、講義後に講師に質問することもあれば、崇さんを中心にクラスメート同士講義後1、2時間残って一緒に勉強したり、相談したり助け合いながら課題をクリアしていくこともあると言う。帰宅後も毎日の講義の復習やテストの勉強に終われ、睡眠時間を削ることも珍しくない。

AMESは、ニュージーランド屈指のITトレーニング施設として17年の歴史を持つ。クイーンストリート以外にも2007年4月にはノースショアのタカプナキャンパスを開講した。 8-12人の少人数のクラス構成をとっており、内容と質共に高い講義を保証している。受講生の8割が地元のニュージーランド人であるため、インターナショナルステューデントにとって、英語環境と専門教育環境として理想的な条件がそろっている。AMESの提供する全てのコースは、インターナショナル資格と就職に直結しており、卒業生の就職率は85%から95%を誇る。

「頻繁に就職課に足を運び、アドバイザーに僕の顔を覚えてもらい、就職の相談に乗ってもらっています。まずはプログラマー、PCオペレーターとしてのとっかかりを築きたい。」と 崇さんは、現在AMESにある就職課で、AMESへの求人情報収集や、CVも求人企業へ送るなど、AMESのサポートシステムを有効利用している。

海外移住プログラマーとしての日本とNZの労働環境の違い
 崇さんは、日本でプログラマーおよびPCユーザーサポーターとして10年以上のキャリアを持つ。「日本では、プログラマーの労働環境や職場環境は、これから改善されてくるかもしれませんが、まだまだNZに比べると隔絶の感があります。日本では、プログラマーは下請会社であるシステムを開発する仕事を親会社もしくは取引先より受注を受けます。発注先がそのプログラム開発に要するコスト、人員に見合わない仕事を発注することも珍しくなく、徹夜でシステムを開発することもありました。スケジュール的に厳しい中での開発のため、バグなどが多くなり品質的に高い開発をするのが難しい状況でした。高いストレスと大きな労力のわりに評価がつり合っていない感じがいつもありました。一方で、AMESのマーケティング担当の人によると、この国ではプログラマーの労働環境は、日本に比べれば相当恵まれていて、給与の面でも好条件だと薦めてくれました。」崇さんは、まずはAMESの現在のC#プログラミングコースの認定証を取った後、本格的にコンピューターに関わるすべての可能性を視野に就職活動を始める予定である。

NZで見つけた理想のライフスタイル
 崇さんに、AMES入学に至るまでの道のりについて伺った。「僕は、小学生のころからいつかアメリカに住みたいと思っていて、それをきっかけに英語が好きになりました。学生時代を通しても英語は大好きだったので、自然に成績も良く、勉強も良くしました。高校生の頃は、海外で日本語を教える仕事も視野に入れていましたね。」そして、94年に大学を卒業と同時にバブル崩壊後の就職難の中で、英文科とは畑違いのコンピュータープログラマーの道を自ら歩まれた。「プログラマーというのは、当時まだまだこれからの職業で、プログラマー自身がとにかく自力でやってみてなんぼの世界。アドバイスを人に求めることはできても、一つの問題を解決するのに徹夜をすることはありました。プログラマー同士の横のつながりはとても大事だと思います。今、AMESでも授業後クラスメートと一緒に勉強して教えあったりするようなNZでのネットワークを大切にしてきたいと思います。」

崇さんの現在の学生生活を支えるのは、現地日系会社で働く奥様の存在も大きい。崇さんご夫婦は、もともと日本では首都圏で共働きをする多忙な若い夫婦例にもれず、ご結婚後も平日は夕食を一緒にとるということもままならないこともあったとのこと。「NZの生活で一番大きいと思ったのは、家族内での会話が増えたことと夕食を一緒に囲めるということです。本当にこちらでは当たり前のことが、日本での僕達の生活では当たり前ではなかったことです。それから、Eden Park近くの自宅から学校まで毎朝景色の良い中を40分かけて歩いて、また午後同じく40分かけて歩いて帰宅する。公園内でラグビーをしている人たちを見かけることもあります。精神的にも肉体的にもとても健康的な生活をしています。週末には、二人で趣味の釣りや潮干狩り、バックパッカーも楽しんでいます。バックパッカーには、おじいちゃんおばあちゃんという年齢の方達も珍しくない。この国では、『こんな風でも良いんだな』とか『その人らしさ』をお互いに認め合えるような大きさがあります。そしていつか僕達の間に子どもが生まれたら、この理想的な環境で子育てを二人で楽しみたいと思っています。こちらでは、 平日の夕方まだ明るい時間帯に親子そろって街中を歩いている光景に普通に出くわします。これは、日本ではちょっとあり得ないことで、最初は本当になんだろうと思いました。それでも、生活が成り立つというのはどういうことだろうかと。街の中のおもちゃ屋さんも3時45分に閉店というところがあり、それでやっていけるというのも新鮮な驚きでした。日本のように鍵っ子がいない、子どもを育てる上での環境が良いということが何よりです。プログラマーとしてフルタイムで働きながらも、家族の時間を十分に確保でき、日本のように「○○君(ちゃん)のお父さんお母さん」とか、親の職業や年収によって、子どもが判断されたり、教育の機会が制限されたりすることがないというのも、NZで僕達が子育てをしていきたいと思った最大の理由です。だから、こういう環境で将来僕達の子どもが生まれた時に子育てをしたいと夫婦で移住を決意する前に話し合ってきました。」

崇さんご夫婦は、移住を決める前に候補地としてオークランドとクライストチャーチを一度下見したとのこと。「生活環境と就労環境の条件を検討して、オークランドと最終的に決めました。移住前に妻の現地での仕事が決まり、そのエージェントが僕のコンピュータープログラマーとしての日本での経験を見て、AMESも紹介してくれました。移住というのは、夢物語のように羨ましがる人、海外移住逆に眉をひそめる人といますが、僕にとって移住は一つの目的であり、生活しなければならないという覚悟がありました。異国で生活することは、母国で当たり前のことが当たり前でなくなる、日本で見えなかった、または知らなかった日本の一面や、知らなかった国、知らなかった国の人が見えてくるという、大変なことも良いことも全てひっくるめて受け止める覚悟が必要だと思っています。」


コンピューターが広げる世界とNZでのセルフリアライゼーション
 現在は、崇さんご家族の今後のNZでの計画、夢についてお伺いした。配偶者にワークビザが支給されれば崇さんにも自動的にオープンビザが支給される。その後、AMESでのその他のプログラミングコースの資格取得も視野に入れながら、崇さんご自身のIT分野でのキャリアアップを図り、ITの専門知識を活かして地域社会にビジネスという枠を越えて貢献したいとの意志を崇さんは話して下さった。

「今は、僕が奥さんに生活上サポートを受けざるを得ませんが、それは将来への最大最良の投資と考えています。今が正念場と思って、二人で頑張っています。NZでは、年齢や過去の職歴に捕われずに誰もが、いつでも再就職や再就学できるチャンスがあります。」「僕のIT関連の知識やスキルは、究極的にはビジネスだけに終わるものではないと考えています。もちろん生活のために今はIT技術を修得していますが。状況がゆるせば、PC関連のボランティアをして、コンピューターに弱い年齢層の方たちのお手伝いができ、その方達の生活がコンピューターを使えるだけでどれだけ便利になるか、人と人、異なる世界を結ぶそんな活動を地域に根ざしてできればと思っています。」

最後に崇さんご家族にとってのNZ移住は、「もっとも自分らしく生きるための自己実現のチャンスを探究して来た先にニュージーランドがあった」とまとめてくださった。

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