Vol.94 英語で学ぶ ニュージーランドへ高校留学


日本で通っていた高校で実施する1年間の海外研修で、慣れない生活習慣とコミュニケーション不足から起こったトラブルでオーストラリアでの勉強と生活に見切りをつけざるをえなかった大本健悟君。海外でもっと勉強したいという意欲は捨てきれず、悩んだ末に選んだ国はニュージーランドだった。

ニュージーランドへ高校留学【Profile】
大本健悟 Kengo Omoto
Western Springs College Year 12
1992年9月10日生まれ。AB型。大阪学院高校を離れ、オーストラリアを経てニュージーランドへ。趣味は野球で、地元のクラブチームに入いるや、すぐに大人のチームに参加させられるほどの腕前。ニュージーランドに来た当初は、オーストラリアの方が断然いいと言っていたにもかかわらず、現在はニュージーランドにぞっこん。 ←Western Springs Collegeの正門にて。制服のない自由な校風が気に入った。

集中英語講座

ウィークデイとウィークエンドとメリハリをつけた生活が勉強でも成果を出すウィークデイとウィークエンドとメリハリをつけた生活が勉強でも成果を出す。ニュージーランドへ高校留学ニュージーランドへ高校留学ニュージーランドへ高校留学週末にはクラスメイトと街に繰り出して、のびのびと週末にはクラスメイトと街に繰り出して、のびのびと。年に一度開かれる高校ののボールパーティーにて。生徒全員が盛装する年に一度開かれる高校ののボールパーティーにて。生徒全員が盛装する。クラスメイトと。仲がいいのはドイツからのクラスメイトクラスメイトと。仲がいいのはドイツからのクラスメイト。

今年の1月からオーストラリアのメルボルンの現地校に留学しました。それは日本で通っていた高校の国際コースが高校2年時に実施するオーストラリアかカナダ、どちらかの国を選んで行う1年間の海外留学制度です。メルボルンでは現地高校と提携している語学学校に6ヶ月間通いました。現地高校の授業に僕たちが参加しても理解できないので、まず集中的に英語を身につけなければいけないからです。6ヶ月の集中的な勉強で僕はまったく話せなかったのに、オージーの英語が理解でき始め、友達もできて、日常会話はまったく不自由しない程まで伸びました。

ホームステイ

英語の伸びとは裏腹に、ホームステイではいくつかの問題点が起こりました。最初のホームステイはスリランカ人の家族でした。外泊をした際に僕の携帯電話の電源が切れ、ファミリーが僕にコンタクトを取れなくなったことでファミリーに心配をかけ、それ以来ファミリーとうまく行かなくなりました。入居一ヶ月程でこのホームステイは出なければならなくなりました。次のホームステイは中国人の家族でした。厳しく生活のタイムテーブルを決められ、何があっても門限は夜の8時半でした。しかし、帰宅の電車に間違って乗ってしまい、1時間遅くなったことにファミリーは理解を示してくれませんでした。学校とこの留学を仕切っているビクトリア州の教育省に僕の素行が悪いと連絡をしてしまったのです。そのために父親と日本の高校の担任の先生が呼び寄せられ、3回ホームステイを変わったら、日本に帰国しなければならないと約束させられました。それはまだオーストラリアに来て3ヶ月も経っていませんでした。

さらに試練が

3度目のホームステイは、急遽見つかったオ−ストラリア人のホームステイでした。それが運の悪いことに改装中で家中が汚く、我慢できなかったのです。そのためファミリーとも仲良くなれませんでした。さらに悪いことに、部屋で使っていたヒーターから火が出て、僕が火事を起こそうとしていると言われるなど、もうとてもそこにとどまっていられる状態ではありませんでした。教育省からはもう日本に帰れと言われました。3回目だったですから。しかし、一つだけチャンスがあると言われました。それは親と住むという条件でした。でも、それは無理でした。もう人生が終わったと思いました。高校も中退になり、念願の大学にも行くこともできないと思い、泣きました。両親にも迷惑をかけてしまいました。

望みを持ち続けた

しかし、海外に住みたい。海外の大学に行きたいという希望はなくなりませんでした。オーストラリアに来てからその気持ちはさらに強くなりました。とは言ってもどうしようもありませんでした。日本に帰る決心をし、パッキングも終え、日本発送用に荷物も準備していました。そのとき携帯が鳴りました。普段はかけてこない両親からでした。「まだ、海外でやる気はあるか? だったらニュージーランドに行く気はないか?」と言ってきたのです。ニュージーランドなど考えてもいませんでした。いろいろあったオーストラリアでしたが、大好きな国には変わりありません。希望を叶えるため、ニュージーランド行きを決めました。『溺れる者は藁をも掴む』気持ちでした。父からは「まず、半年で成果を出せ」と言われました。オーストラリアで足踏みをした半年間を取り戻すためです。今は高2の半ばですから、あと1年半で卒業可能な学校としてWestern Springs Collegeの名が挙りました。もちろんハードな勉強が待ち受けていることは分かっています。今年はYear 11と12の一部を、そして来年に残りのYear 12と13を勉強することになっています。今は、Western Springs Collegeを1年半で卒業し、オーストラリアかニュージーランドの大学でマーケティングか経済の勉強を実現させることが目標です。最初はイマイチ気に入らないニュージーランドでしたが、今は僕を受け入れてくれた国としてオーストラリアと並ぶお気に入りです。

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カテゴリ:高校生活
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